編集済
そして、これからへの応援コメント
シュウタのイジメのシーンなど、読むのが苦しい展開が続き、怜が本当にお姉ちゃんを殺してしまいそうで、ハラハラしながら読みました。こんなふうに、最高のハッピーエンドが迎えられて、とてもうれしいです。完結おめでとうございます。柳さんの他の作品と同様、ユニークで深くてすばらしい作品ですね。カクコンのご健闘をお祈りしております。
作者からの返信
お読みいただきまして、応援していただきコメントもいただきましてありがとうございます!
いつもお読みいただきまして、そのように言っていただけること、とても光栄で大変励みとなっております。
カクコン、頑張ってくれるといいなと思ってます……!
犬は、人殺しを守るへの応援コメント
>犬として、っていうのはいままでは、嫌だったんだけど……もうこの際どっちでもいいかもしれない。
いつの間にか、シュウタにとって怜は本当にかけがえのない存在になって居たのですね。怜と一緒に居られるならば、別に犬でも構わないやと思えるほどに。
怜もショウタが無理矢理引き裂かれた自分の一部であったようですね。
ショウタにとって、人として怜と共に生き犬として怜に甘える、そんな暮らしも悪くは無さそうかな。
作者からの返信
そうですね、本当の本当に、かけがえのない存在になっていましたね。
おっしゃる通り、怜といっしょにいられるならば……というほどに。
お互いにかけがえがなかったのだと思います。
人として怜と共に生き犬として怜に甘える、私もごく個人的にはですが、そんな生き方もありなのかなーと思います。
私自身の意志でへの応援コメント
更新ありがとうございました!
今まで意識してこなかったのですが、怜さんが崇太さんをカタカナ呼びしているのは何かの伏線でしょうか。桃香さんとの会話で桃香さんは「崇太」、怜さんは「シュウタ」だったので気になりました(今話で一カ所、桃香さんもカタカナ呼びになってますが)。
「シュウタ」は犬としての名前なので「崇太」になるといいな。
作者からの返信
こちらこそ、いつもありがとうございます!
怜が崇太をカタカナ呼びしているのは、おそらくまだ犬として見る意識が抜けきっていないからかなと思います。
そうですね、ほんとうに、ひととして呼べるようになればよいのですが……ここからまたもろもろ展開していきますが、ご意見参考にさせていただきます。
桃香がカタカナ呼びになっていたのは完全にミスです、申し訳ありません……!
そちらも修正しました。ご指摘、ありがとうございます!
編集済
話すへの応援コメント
更新ありがとうございました!
崇太さんが行方不明で捜索願まで出されそうという状況で、怜さんが居場所を知っているということを聞いているのに、桃香さんがそのことについてスルーしていることに不自然さを感じました。
一読者の感想であり、作者様に改稿等を求めるものではありません。不愉快に感じられたら大変申し訳ありません。
作者からの返信
こちらこそ、いつもありがとうございます!
そしてご指摘もありがとうございます。
おっしゃる通りだと思いまして、本文修正いたしました……!
ここでの怜は過去の話を桃香にしたかったのだと思うので、その話にフォーカスするように流れを調整いたしました。
お気遣いもありがとうございます!
ご指摘いただけること、本当にありがたいですし、ご指摘いただいたところについては本当にそうだと思って修正いたしましたので、どうぞお気になさらないでいただければ幸いです……!
今後とも不自然さや矛盾等がないように努めますが、もしなにかあればご遠慮なくおっしゃっていただければと思います。大変ありがたいです。
いつも本当にありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
編集済
決意への応援コメント
>そのたび、お仕置きされて。しつけ棒で肌が真っ赤になるまで叩かれたり
犬の扱いでも、明らかにこれは虐待。
虐めるために飼って居るとしか思えません。
>トイレを失敗したり
それにしても。トイレが犬の所作なら、毎回汚して居たのは容易に想像できます。つまりトイレの度に躾の棒で叩かれていたのかと。
失敗に対してお仕置と言う構図は、益々失敗を続けさせるだけなんですよね。
例えば、おねしょした幼児をその度に折檻していたら、学校に上がってもおねしょが治らず、中学まで毎晩おねしょを続け、しかも中学の修学旅行でも失敗したと言う話があります。
>エサやりや散歩も私がやることが増えていた。
散歩ってどこをどう散歩させていたのでしょうか?
気に成ります。
もしもそれが野外なら、その地域全体がシュウタを犬として扱って居た事になる訳で。背筋がゾクっと致しました。
21世紀の今日でも、田舎だとその地域一帯が一族の土地と言うことも珍しくないですからね。
屋外で他所の人に会っても、犬としてしか扱われない。
こんな場合、ショウタは自分が人間であった記憶すら疑う様になってしまったことでしょうし。
事件発覚後の親戚の対応も頷けます。
作者からの返信
今回も大変深いコメントをありがとうございます。
トイレは失敗させたくてわざとやっていたのではないか感までありますね……。
散歩の場所についてはプライベートなところで存在しているのですが、たしかに本文中に欠けておりましたね。恐縮ながらあとで描写を追加するかもしれませんが、よろしくお願いいたします。
編集済
先生の提案への応援コメント
今回年齢が明らかになりましたが、
シュウタが一年生(6歳)から六年生(11歳)まで。
怜が年長さん(5歳)から四年生(10歳)まで。
本来でしたら劇的に変わって行く期間ですよね。
お姉ちゃんは既に三年生(8歳)でしたので、恐らくは最初からシュウタが人間だったと勘づいていた可能性が高いと思います。さもなくば怜同様にシュウタを犬としては可愛がっていた筈ですから。
その上でシュウタを犬として扱って居た。いえどちらかと言うと、お姉さんである凛は本物の犬よりも下等な生き物としてシュウタを扱って居た可能性があります。両親同様に。
因みに女の子の精神発達は男の子よりも早く、お勉強で得た知識を除けば、年長さんで中学生男子と釣り合うそうなのだそうです。
何せ、小学三年生で中学生の小説コミュニティーに年齢誤魔化して加わる方が実在するのですからね。
例えば今の四十代半ばの方(1977年生まれ)を例にとると、
年中さんに上がった時点で正義の戦隊が地球を守ってくれているのだと信じ、男の子達と
「デンジマンが五人で倒せなかったヘドリアン女王から地球を、サンバルカンはたった三人で護れるのだろうか」
と言う会話を交わす女の子達が、バルカンボール(バレーボール系の必殺技)の練習に興じる男の子達を
「バカみたい。あれはサンバルカンだからこそできるのに」
と、非常に醒めた目で見て居たそうです。
作者からの返信
そうですね、本当に。劇的に変わっていく期間です。
姉についても、大変鋭いご指摘であると思います。
そうなのですね。女の子の精神発達のほうが早いというお話はよく聴きますが、そこまで差があるともいわれているのですね。
犬になる人間のおはなしを書くときに、とても貴重で重要な情報だと思います。いつもありがとうございます。
編集済
転校の秘密への応援コメント
>ひととしての基本が確立される時期に犬として扱われていたことで、ひととして暮らすことがうまくできていない。言葉をしゃべることも服を着ることも許されず、いつも四つん這いを強制されて、食事も犬食いで、首輪でつながれ檻に入れられ管理される、という生活を送っていたんだ。
幼少期に植え付けられた価値観や行動様式って、ずっと普通の生活をしていても残りますよね。
当初、犬だったと言うのを
「アゲイン 高校の同級生が、ペットショップで売られていました。」
の世界かなと思って読んでいましたが、私達が住む日常世界に近い世界なのでより闇が深い。
同系統の「ざらつく」の公子は犬としての躾が完了した後に人間ごっこで通学が始まり、おしゃれとしてシミーズを着せられました。また基本的には愛玩犬として可愛がられていた為、人間に戻る(24時間人間ごっこをする)事も出来ました。
飼い主の未来や世話係の阿子から、犬としての愛情は注がれて来たのです。
しかしシュウタの場合は、犬としての振舞いが出来るようになった後も、24時間犬のままで、かつ、いつも厳しい躾けをされ、あまり可愛がって貰えていなかった。
コロであった公子と違って人間ごっこも無かったので喋る事も手を使う事も服を着る事も無く、学童以前からから5年間、24時間絶えることなく、全裸首輪で四つ足生活を強いられた彼は、鎖に繋がれ檻に入れられ、犬になるしか生きる術を奪われてしまっていた。
しかも怜以外の者からは、犬に対する愛情すら与えられることも無く。
こう言った生存バイアスもあって、シュウタの心が完全に犬に作り変えられてしまったのでしょうね。
怜が姉を殺さない場合。
人間に戻った公子が未来と結ばれた結末と対照的に、
怜に飼われる事を希う崇太が、犬に戻って行くエンドもありそうに思えます。
この場合、怜の欠けたピースとシュウタの欠けたピースが共有結合で補完されあって、案外シュウタの犬生と怜の人生は幸多そうな予感も致します。
ところで。どうやら崇太の家族は見つからなかったようですね。
作者からの返信
他作品との比較もしていただきまして、いつも本当にありがとうございます。
「アゲイン」も「ざらつく」もお話に出していただけるのは本当にありがたいことです。
「ざらつく」の公子と本作のシュウタの対比は、本当におっしゃる通りですね。
公子も公子でいろいろつらかったでしょうけれど、結果的には愛情を注がれ、可愛がってもらえました。
シュウタはつねに犬でいなければならなかった点は過酷ですね。
犬の心に作り替えなければ生き延びれなかったのでしょうね。
エンドにつきましては、おっしゃっていただいたような話も含んでくるかと思います。もうすでに書き終えてしまってはいるのですが、ご期待に沿えるようなものであればいいな……と思います。
崇太の家族についても触れるかと思いますので、どうぞそちらもお付き合いいただければと思います。
編集済
ゴールデンウィーク明けの教室でへの応援コメント
なぜだろうか?読みやすくて飽きないですね!読み続けさせるテクニックって…?たぶんそれが「才能」なんでしょうか?
作者からの返信
ありがとうございます!
読みやすさはある程度は技術ではないかと思います。まだまだ修行中の身ですので、お褒めいただいて光栄です……!
編集済
そして、これからへの応援コメント
完結ありがとうございました!
渚先生の「本当に治らない人は誰にも見つけてもらえないもの」という台詞が印象に残りました。
凛さんと一緒にいた人達は渚先生が言うような見方で凛さんを見ていないでしょうね。
怜さんは殺そうと思うほど向き合っていましたが、淡々と凛さんを犬扱いする描写はその復讐のような行為に何の悦びも見いだしていないことを強く感じました。
本当に楽しませていただきました。
また、「話す」の改稿、お手数をおかけしました。
重ね重ねになりますが、もう一度御礼申し上げます。
作者からの返信
こちらこそ、ありがとうございました!
そうですね、おっしゃる通りで、凛はなかなか今後も茨の道を行くのかもしれません。
怜と凛の関係はこれからも変わらないのかもしれませんし、もしかしたら、変わっていくのかもしれませんね。
そのように言っていただけてとても嬉しいです!
改稿のご指摘につきましても大変助かりました。改めてとはなりますが、感謝申し上げます。