099話 レベル2


 <大襲撃スタンピード>が始まってから、サイフォリアの街は混乱のさなかにあった。


 ほうほうのていで逃げ出す者。

 全てを諦めて、へたりこむ者。

 現実味がなく、呆けている者。


 人々は多種多様な反応を見せるが、ひとつだけ確かなことがある。

 魔物たちが街にまで入り込んだら、彼らは絶望しながら死んでいくはめになる。


「もうダメだ、俺たちはみんな死ぬんだ!」


「何を言ってるんだ、<大襲撃スタンピード>が街を襲うまでに時間がある! その間に、逃げるんだよ!」


 恐怖に駆られた人たちの怒声が往来を飛び交う。

 あやふやな情報にすがりながら、言い争っているのだ。


「もう<大襲撃スタンピード>は始まってるって聞いたぞ!」


「勇者様が食い止めてくださっているらしいわ!」


「その勇者だって<大襲撃スタンピード>に呑まれたって言うじゃないか!」


「それがどうも、冒険者たちが魔物の大群に立ち向かい、勇者を助けたらしい」


「バカを言うな! 冒険者たちが、命をかけてこの街を守ろうとするはずがない!」


「あぁん? 誰がバカだって!?」


 不安が原因で気が短くなっている人たちが、いまにも取っ組み合いの喧嘩に発展しそうになっている脇を、俺たちは通り抜けた。

 冒険者ギルドを出て以来、こんな光景ばかり見ている。


「街は大混乱ですね、カイさん。こんな調子で、ダンジョンメダルの手がかりを見つけられるのでしょうか」


 ラミリィが心配そうに言った。

 このラミリィという少女は、快活そうに見えて、割と心配性なところがある。


「見つからなかったら、今からでもダンジョンに潜るさ」


 少しでもラミリィの不安を取り除くために、俺は努めて明るい声を出した。



 どこかにあるはずの、2つ目のダンジョンメダル。

 結局、冒険者ギルドでは、手がかりを見つけることは出来なかった。


 落ち着いて考えてみれば、俺たちが簡単に見つけられる場所に情報があるのなら、大賢者パーシェンが先に気づいているはずなのだ。

 そこで俺たちは、別の手がかりを探すため、街に飛び出した。


 冒険者ギルド長、ジェイコフ。

 この有事に冒険者ギルドにいなかった、この男ぐらいしか、めぼしい手がかりが残されていない。

 ギルド長が2つ目のダンジョンメダルのありかを知っていることに賭けるしかないのだ。


「ディーピー、ラミリィ。こんな時になんだけど、ちょっと悪いニュースがある。<アイテムボックス>が壊れて、アイテムの出し入れが出来なくなった」


 俺は走りながら、2人に話しかける。

 モーゼス議長との戦いの時に乱暴に扱った<アイテムボックス>が、壊れてしまっていたのだ。

 とはいえ、壊れるような使い方をしたからこそ不意をうてたのだから、必要な犠牲だったといえよう。


「カイ、お前なぁー! 当たり前だろっ! あんな無茶な使い方をして! 壊れたんじゃねえ! お前が壊したんだよ!」


 俺の肩に乗っていたディーピーが文句を言った。


「でも、ディーピーもノリノリで決め台詞を言ってたじゃん」


「それはそれ、これはこれだ」


 さて、<アイテムボックス>が壊れてしまって、何が問題かというと。


「そうすると、矢の補充が出来ないってことですか……?」


「そうなんだよ。だから、ラミリィの<早打ち連射・一斉攻撃>は、その矢筒に残ってる分しか使えない」


「残ってる分って……あの技は持っている矢を全て打ち尽くしますから、1回分ってことじゃないですか!」


「そういうことになるな。使い所は慎重に選ぼう」


「うぅ~~。プレッシャー感じます……」


 ラミリィの不安を増長させてしまったが、伝えないわけにもいくまい。


「大丈夫、俺がついてる」


「ふえっ!? あ、あはは……。頼りにしてますよ、カイさん!」


 安心させるためにフォローをいれると、ラミリィは顔をほころばせた。


「2人とも、イチャつくのはそこまでだぜ。近くにギルド長の気配を感じる」


「い、イチャついてなんか、いませんよ!」


「ラミリィ、静かに」


 慌てるラミリィを制止し、足を止める。

 そこは、<大襲撃スタンピード>が来ている場所とは反対側の、街の出入り口だった。

 街から逃げ出そうとする行商人たちが、長蛇の列を作っていた。


「こ、この人だかりの中から、ギルド長を探すんですか!?」


「いーや。もう見つけたぜ。ラミリィの嬢ちゃんが騒いだのは、かえって正解だったな。お嬢ちゃんの声に反応して動揺した気配が、ひとつだけあるぜ! そこだ!」


 ディーピーが指し示したのは、ある行商人の馬車の荷台だった。

 俺はゆっくりと、その荷台に近づく。

 御者台に乗る行商人が、近づいてくる俺を見て怒鳴り声をあげた。


「おい、なんだアンタ! 商品に触るな!」


「ちょっと失礼」


 俺は行商人の制止を無視して、荷台にかぶさっていた布をぎ取った。

 荷台には、体を縮こませて荷物の隙間に隠れている、ギルド長ジェイコフの姿があった。


「見つけましたよ、ギルド長。少し話を聞かせてください」



■□■□■□



「カイか……。こんな私に、いまさら何のようだ?」


 隠れていた荷台から出てきた冒険者ギルド長のジェイコフは、自嘲じちょうするように言った。


「単刀直入に聞きます。ダンジョンメダルのありかを知っていますか?」


 俺はギルド長の目をまっすぐに見ながら聞いた。

 俺と視線が合うと、ギルド長はすぐに目をそらした。


「……大賢者パーシェンにも同じことを聞かれたな。ダンジョンメダルはダンジョンを踏破とうはした時の報酬として手に入る記念品だ。冒険者なら誰でも知っているだろう。どうしても欲しいなら、<深碧しんぺきの樹海>を破壊すればいい」


 ギルド長は静かに答える。

 嘘を言っていないことは分かるが、知っている全てを言ったようには見えない。


「知っていることは、それだけですか?」


「……大賢者パーシェンには、そう答えたよ。あいつの目を見ていたら、何か恐ろしくなってな」


「ならば、知っているんですね? かつてこの街にあったダンジョンのことを」


 ギルド長は小さくうなづく。


「ああ、知ってるさ。前任のギルド長は、とある冒険者たちにダンジョンの踏破を認めてしまったから、モーゼス議長に殺されたんだからな。前任の死体を片付けたのも私だ。そして、その死体から見つけてしまったんだ。ダンジョンメダルを、な……」


「その冒険者たちは、手に入れたダンジョンメダルを前のギルド長に渡していたということですか?」


「そうだ。富や名声に興味がなく、ダンジョンの謎を解き明かすためだけに冒険をしていたらしい。その冒険者は、今どこにいるかは分からない。だから、ダンジョンメダルのありかを知っているのは私だけだ」


 俺はギルド長の肩をつかんだ。


「教えてください、ダンジョンメダルのありかを! この街の危機を救うのに必要なんです!」


 だが、ギルド長は首を横に振った。


「駄目だ。アレは私の切り札でもあるのだ。私がこの街でどんな失態を犯しても、ダンジョンメダルを神聖教団に献上すれば、その功績でチャラにしてくれる。例え、自分がギルド長を務めていた街が<大襲撃スタンピード>で滅んでも、私はやり直せるのだ!」


「ジェイコフさん、あなたは冒険者ギルド長としての責務を投げ出して、自分だけ助かろうと言うのですか」


「笑いたければ笑え、見下げた大人だと軽蔑してもいい。だが、ダンジョンメダルは渡さんぞ!」


「ギルド長……」


「これが、何者にもなれず、夢を忘れた大人の末路だ! だが、どんなにみじめだろうと、生きようとすることだけは、止められない! 私は、私が一番大事なのだ! この街の連中がどうなろうと、知ったことか!」


 ギルド長がなりふり構わず叫んだときだった。

 突拍子もない声が、俺のふところから湧き上がった。


「嘘発見! 嘘発見!」


 その緩い珍妙な鳴き声に、俺たちは一斉に口を閉ざした。

 しばらくの沈黙の後に、ギルド長がわずかに言葉を発した。


「今のは」


 ギルド長は俺のふところを指差す。

 俺たち冒険者は、今の鳴き声が何か知っている。


「冒険者ギルドを漁った時に、使えそうだから持ってきたんですよ。<アイテムボックス>が壊れていたから、ふところにしまっていたんですけどね……」


 そう言って、俺は隠し持っていた<真実の瞳>を取り出した。


 絶妙にダサい、目をモチーフにした意匠が入っていることと、嘘を感知すると「嘘発見!嘘発見!」と珍妙に鳴く緩さ加減から普段はバカにされがちだが、今日このとき、この嘘発見器はこの街の運命を変えた。


「ギルド長。どうやら、先程の言葉は本心ではなさそうですね。あなたの心は、まだ情熱に燃えている。本当は、この街を助けたい。そうですよね?」


 ギルド長は震えていた。

 震える自分の手を、不思議そうに眺めていた。


「とっくに枯れたものだと思っていた。諦めたつもりでいた。だが、私は今も、若い頃に抱いた夢を、捨てていなかったのだな……」


 ギルド長は、ぼろぼろとこぼれる涙をぬぐおうともせずに、言葉を続けた。


「私は力が欲しかった。どんな逆境も乗り越えて、世にはびこる悪徳を打ち倒す、最強の力が欲しかった。だが、そんなものは、ついぞ手に入らなかった。カイ、お前なら、それが出来るのか? ハズレスキルの荷物持ちだったお前が、最強の力を手に入れて、人々を助けることが出来ると?」


「”人類が持つ最強の力”についてなら、俺はもう教わってます。ダンジョンメダルを渡してもらえば。サイフォリアの街を救ってみせます」


 俺はそう言って、ギルド長に手を伸ばした。


「……気づいていたのか、ダンジョンメダルのありかに」


「確信したのは、話を聞いた後です。再起のために必要なら、ダンジョンメダルを街から持ち出す必要があります。いま、持っているんですよね?」


 ギルド長は返事をせず、かわりに握りしめていた手を開いた。

 そこには、黄金に輝く小さなメダルがあった。


「これがダンジョンメダルだ。持っていけ」


 差し出されたメダルを、俺はしっかり受け取った。


「ありがとうございます」


 ギルド長は、手元から離れていくダンジョンメダルを名残惜なごりおしそうに見た。


「正直なところ、私はお前がうらやましい。どうして力を得たのが、私ではなくお前だったのだと、思わずにはいられないのだ。まったく、弱い人間だよ私は」


 自分の弱さを認める。

 それもまた、ひとつの強さだろう。


 だから俺は目の前の人物に敬意を込めて、師匠の教えを伝えることにした。


「人類が持つ最強の力、それは受け継ぐ力だそうです。天から授かった一代限りのスキルではなく、連綿と続く人の歴史の中で受け継がれる意志。それこそが、人の力の真価なのだと。ギルド長の思いも、俺が背負っていきます。だから、その……ギルド長が味わってきたくやしさは、俺が無駄にしません」


「そうか、カイ。お前は強くなったんだな。この街を頼んだぞ」


 ギルド長の言葉を一身に受けて、俺はダンジョンメダルを握りしめた。

 その時、俺の頭の中に、抑揚のない声が響き渡った。



──カイ・リンデンドルフのレベルが上がりました。 

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