お隣に、学校一の清楚可憐な『盲目美少女』が引っ越してきました~恋愛不信であるはずの俺が、隣人付き合いをしているうちに君に恋してしまうのは時間の問題かもしれない~
水瓶シロン
第一章~出逢い編~
第01話 隣の部屋の盲目美少女
「えっと、
十二月二十五日――クリスマスの夕暮れ時。
クリスマスに一緒に過ごす関係の奴など特にいない俺は、買い物を終え、五階建てマンションの三〇三号室に帰ってきたのだが、その扉の前で一人の少女が少し困ったようにして立っていた。
――見掛けない少女だ。
このマンションに引っ越して来て、もうすぐ一年になる。
誰が何階のどの部屋に住んでいるかはわからなくても、おおよその住人の顔は把握しているつもりだ。
だが、目の前に佇む少女を見たことはない。
一瞬不審者かとも思ってしまったが、このマンションのフロントの扉はオートロックでそう簡単に部外者は入ってこられないし、何より、彼女がこちらに振り返った瞬間、俺の疑念は風に飛ばされてどこかえ消え去った。
めっちゃ美少女なんだが……ッ!?
中背痩躯で、雪のように白く瑞々しい肌。長く伸ばされた黒髪は艶やかで、傾いた陽の光を浴びて燦爛と輝いている。
こちらに向けられた顔は精緻に整っているものの少し童顔で、美しさと可愛らしさを併せ持っていた。
「あ、えっと、こちらの家の方でしょうか?」
大きな榛色の瞳をパチクリさせて、少女がそう確認してくる。
「そうだけど……」
「よ、よかったぁ……三〇五号室には誰もいらっしゃらないようで、もしかしてお隣さんは誰もいないんじゃないかと思ってしまいました……」
「あー、三階には三世帯しか住んでないよ。三〇五と三〇四は空室……って……」
あれ? と、疑問が過った。
彼女は三〇五と
「もしかして、三〇四に引っ越して来た?」
「あ、はい。先日こちらに。なので、あいさつしに伺おうと思いまして」
「なるほど」
昨日は一日外出していなかったので見てはいないが、確かに昨日三階が少し騒がしかったような気がしなくもない。引っ越し業者が行き来していたのだろう。
「えっと、見た感じ俺とそんなに歳変わらない気がするんだけど……」
女性に年齢を問うのは失礼なことだとは誰もが知っている。
俺も聞いていいものかと少し迷いはしたが、相手は大人ではないし大丈夫だろうという思いが勝った。
「あっ、そうなんですね。私、今十五で高一です」
「へぇ、同級だ。ってか、『そうなんですね』って、俺そんなに君と歳違うように見えるか? ちょっと悲しいぞ」
俺が幼く見えるわけないだろうし、となれば老けて見られたというわけで……いや、大人びて見られたのだろう。うん、きっとそうだ。
俺がそう一人悲しく自己解決しようとしていると、少女は慌てて手を振った。
「あ、いえ、そういうわけではなくて。すみません、私、目が見えないもので……貴方が同い年かどうか判別がつかず……」
「あ……あぁ、なるほど。いや、そっか……そりゃわからんよな。ゴメン……」
やってしまったと、そう思った。
俺の身近に目が不自由な人がいないだけで、世の中にはそういった人がたくさんいる。
そんなことはわかっていたはずなのに、俺は無意識のうちにその可能性を捨て去って話を進めてしまっていた。
申し訳なさが胸の中で渦巻く。
そして、場に気まずい沈黙が訪れる――と思ったが……
「いえいえ、そんな気になさらないでください。あの、まったく見えないわけではないんですが、その……私こそすみません。先にそういうことを話しておけばよかったのに、気が回らず」
少女は特に気を害した様子もなく、むしろ申し訳なさそうに微笑んでみせる。
そして、ふと思い出したように手に持っていた紙袋を差し出してきた。
「あのこれ、実家のお土産で……粗品ですがどうぞ受け取ってください」
「お、おう……ご丁寧にどうも……」
受け取った紙袋の中を覗いてみれば、プラスチックのパックに入った饅頭だ。包装には『美澄神社』と書かれている。
「へぇ、実家神社なんだ。凄いな」
「いえいえ、田舎の神社ですから」
「でも、この時期に引っ越しか。珍しいな。学校はどこに?」
まったく見えないわけではないと言っていたが、この会話している距離で俺の姿が視認できないレベル。
特別支援学校に通うのだろうかとも思ったが、このマンションからはかなり距離があるためそうではないはずだ。
「えっと、冬休み明けから
「え、マジで? 俺も凛清……」
「ホントですかっ?」
学校でもよろしくお願いしますね、と彼女は可愛らしく笑って見せる。
まさかの同じ高校だった。
この辺りには高校が三つあり、このマンションから最も近い位置にあるのが凛清だ。
凛清は他校より偏差値が高いだけでなく部活動にも力を入れている、文字通り文武両道を謳う高校である。
ということは、彼女も結構勉強が出来るのだろう。
いや、かなり難しいとされる編入試験に合格したはずだから、もしかすると学年でもトップクラスに優秀かもしれない。
可愛くて頭脳明晰とか末恐ろしいな……などと考えていると、彼女がハッと何かを思い出したような表情を見せる。
「そ、そういえば、まだ自己紹介が済んでいませんでした」
「あ、俺もすっかり忘れてた」
そう言ってクスッと互いに小さく笑う。
「私、
頭を下げて、丁寧にお辞儀する彼女――もとい美澄。
実家が神社であることが関係しているのか、そのお辞儀の仕方一つ取っても所作が美しく、思わず見入ってしまった。
なので俺は、コホンと一度咳払いして平静を取り戻してから自己紹介することにした。
「俺は
「はい。改めてよろしくお願いしますね、津城君」
「お、おう……」
あまり君呼びをされたことがないため、少しくすぐったい感じがする。
「あと、別に敬語じゃなくてもいいんだぞ? 同級生だし」
「ああ、これはもう習慣みたいなものなんです。えっと、もし嫌でしたら気を付けますが……」
どうしましょう、と美澄が小首を傾げて尋ねてくる。
別に俺も無理に直してほしいわけではない。
本人がその方が話しやすいというのなら、今のままで別に構わない。
「いや、別に嫌じゃないよ。話しやすい方で頼む」
「はい、わかりました」
ではこのままでいきますね、と美澄が微笑む。
「そういえば、お前一人なのか?」
「あ、はい。一人暮らしです」
「そりゃ、色々と大変だろ」
俺も高校入学と同時に地元を出てここに引っ越して来たからわかるが、一人暮らしは大変だ。
今まで親がやってくれていた家事はすべて自分一人で行わなければならないし、慣れない土地のため、どこに何があるのかも調べておく必要がある。
俺でさえ初めの頃は苦労したのに、目がほとんど見えない美澄の苦労は俺の比じゃないだろう。
「そうですね……家事は割と得意なので問題ないんですが、やっぱり街に慣れるには時間が掛かりそうです。いまいち学校の場所もよくわかってないので、冬休みの間に一度行ってみた方が良いかもしれません」
同じ一人暮らしの者同士、苦労が理解出来る。
「案内、しようか?」
そんな言葉が、俺の口を突いて出た。
正直自分でも驚いた。
俺はそんなに社交性のある方ではなく、人のために何かをするとかはあまり考えない。
しかし、引っ越して来た当時、似たような苦労を味わっていたからか、美澄の力になってあげたいと思ったのだ――と思う。
「えっと、その、俺も一人暮らしで同じような苦労をしたからさ。それに、困ったときはお互い様っていうだろ?」
他意はない――別に美澄が可愛いからお近づきになりたいなどという下心で提案したわけではなく、本心から手助けしたいと思ったのだということを説明する。
すると、しばらく瞳を瞬かせていた美澄は、何が可笑しかったのかクスッと小さく笑いを溢した。
「ふふっ、ごめんなさい。津城君が必死に言い訳するみたいに言うものですから」
「あ、いや、その……」
「大丈夫ですよ。津城君が善意で言ってくれていることはわかりますから」
どうやら全てお見通しだったようだ。
俺は恥ずかしくなって視線を逸らし、頬を掻くが、美澄にはこの行動は見えていないだろう。
しかし、どうにもこう恥ずかしがっていることすら理解されている気がしてならない。
その証拠に、美澄は今も小さく笑っている。
「そうですね。もし津城君が案内してくれると言うなら、お言葉に甘えることにします」
そんなわけで、俺は明日美澄に街を案内する約束をしたのだった――――
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