帰り際の魔法

 あと三日でオズワルドに帰らないといけないとき。

 ルーサーはマーヤの代わりに屋根から伝ったつららをスコップを使って壊して回っていた。中途半端に溶けて落ちてくると事故に繋がりかねないから、こうやって落として回るのは重要な仕事だった。


「つららがあるところはここで終わりですか?」

「はい、そうです。もうすぐお嬢様もルーサー様も帰ってしまうので、残念ですねえ」

「マーヤさん……また遊びに来ますから」

「ええ、そうしてください。そのほうがお嬢様も喜びますから」


 ルーサーからしてみれば、マーヤはすっかりとアルマの家族として接していて馴染み深い人になっていた。

 一方アルマは帰る間際になにやら薬草と鍋ともろもろを部屋に持ち込んで、作業をしているようだった。

 ルーサーは屋敷をぐるっと回ってつらら落としと薪の配分が終わったのを確認してから、彼女の部屋の扉を叩いた。


「アルマ、頼まれてた作業終わったよ」

「お疲れ様。部屋に入って暖炉で温まってちょうだい」

「お邪魔します……」


 ここで過ごすことになって、何度もアルマの部屋に招かれたが、そのたびにルーサーは尻込みしていた。

 好きな子の部屋に招かれると緊張するのだが、入ってしまったあとは、あまりにもオズワルドのアルマの個室と同じようなことになっている部屋なため、すぐに正気に戻ってしまう。

 あちこちの壁に飾られているのは、呪い避けの小屋と同じような呪い避けのアミュレットの数々。薬草の束があちこちにぶら下げられ、本棚には魔道書が大量に並んでいる。

 その中でアルマは暖炉に鉄鍋を引っ掛けて、薬草をたくさん入れて煮出していた。

 ルーサーは彼女の隣に椅子を持ってきて座ると、その鍋を眺めていた。


「これ、マーヤさんに贈り物?」

「ええ……マーヤも年なのにずっとひとりでここを管理してくれているから。せめて気付け薬とハンドクリームは贈りたいと思ったの」


 彼女は既にたくさんの薬草とワインでつくった気付け薬は完成させ、瓶に詰めている。今は脂に慎重に薬草を混ぜ込んでハンドクリームをつくっている最中だった。

 それを見ながら、ルーサーは考える。


「多分アルマが贈ったものだったら、マーヤさんなんでも喜ぶとは思うけど……僕もなにか手伝ったほうがいいかな?」

「そんな悪いわ。だって、ルーサーはお客様じゃない。私は家族に贈り物したいだけだけど」

「いや、ここに休暇期間中滞在させてもらったお礼で」

「そうねえ……でもマーヤに替わって力仕事をずいぶんとやってくれたじゃない。雪かきだって、普段だったら業者に頼んでやってもらうのに、あなたがやってくれたから、今年は呼ばずに済んだんだから」

「うーん。じゃあ、僕はマーヤさんと話をしてくるよ」

「……それでマーヤは喜んでくれるの?」

「多分」


 そう言って、アルマがひとりでこそこそ贈り物の準備をしているのを誤魔化すように、ルーサーはマーヤの手伝いに出かけた。

 単純な話、マーヤにアルマのオズワルドでの冒険譚を聞かせようと思っただけだ。彼女は自分がやっていることを誇るような真似も驕るような真似もしないから、語る相手がいない限り語ることはないだろうと。


****


 その日はたっぷりのきのこシチューにキトニーパイを付け、それをいただいた。

 ルーサーが語ったアルマの冒険に、心底マーヤは喜んでくれたようだった。


「そうだったんですか。お嬢様、呪いに立ち向かったんですねえ……」

「してやられることもありましたけど……アルマは妖精の言葉がわかりますので、妖精には負けませんから」

「ええ、ええ。妖精語を解することは苦労されることも多いでしょうけど、それが上手く働いてくれたのならなによりです」


 彼女はあまりにもオーバーリアクションに反応してくれるため、体調不良になって倒れるんじゃないかと、ルーサーもひやひやしながら話題を選んだが、存外彼女は喜んでくれているようでほっとした。


「それにしても……アルマもオズワルドの話が全然マーヤさんにもしてなかったんですねえ」

「はい。お友達が大勢いらっしゃることは聞いてますが、それぞれの方にはそれぞれの事情があるでしょう? せいぜい隣のジョシュア様が川で水を浴びてからこっちにいらっしゃるくらいですよ」

「そういえば。ここは妖精学者の家ですから、てっきりここも妖精がいるのかと思ってましたけど、少なくとも屋敷にはいないような……」

「いいえ。いることにはいるのですが、お嬢様はは取り替え子になってしまったせいで、妖精を憎んでらっしゃるでしょう? 見つからないようにこっそりと隠れてらっしゃるんです。お嬢様は妖精語がわかってしまいますから、本当に頑張って隠れないとすぐ見つかってしまうようですが」

「あー……そうだったんですね」


 それには少しだけルーサーも合点がいった。

 アルマは年を召したマーヤのことを心配していたが、いくら自分の代で妖精学を興したテルフォード教授だって魔法使いの家系なのだから、年寄りひとりに屋敷の管理なんて任せないはずなのだ。

 真冬に洗濯物をどうやって洗って干しているのだろうとか、この屋敷の掃除はどうなっているのだろうとか、妖精に手伝ってもらっているとすれば納得がいく。


「マーヤさんは妖精と上手くやっていけてるんですね」

「本来はそんなもんなはずなんですけどねえ。妖精郷の妖精が、人間の理に無頓着なだけで、妖精郷に住んでない妖精はそうでもありませんから。もちろん、お嬢様には内緒ですよ」

「わかってます。僕もアルマにあんまり怒ってほしくはありませんから」

「ええ、ええ。それを聞いて安心しました。ルーサー様」


 マーヤはにこにこしながら、しわくちゃの手でルーサーの手を取った。


「アルマ様を、どうかよろしくお願いしますね」


 ルーサーはまだ、テルフォード教授に挨拶はしていない。そもそも校内でも特にらしいことはしてないため、なにをどう挨拶すればいいのかがわからないからだ。

 だが、実直なマーヤの言葉には、ルーサーもきちんとした答えをしなければいけなかった。


「……僕は、アルマが許してくれる限りは、一緒にいようと思っています。ずっと」

「ええ、ええ。本当にありがとうございます」


 そうマーヤに何度も何度もお礼を言われている中。夕食の時間を過ぎても一向に出てこなかったアルマが、やっと自室から飛び出してきた。


「マーヤ! やっと完成したの!」


 そう言いながら、薬草の匂いを纏わせてアルマが階段を駆け下りてくる。それにマーヤは首を傾げる。


「お嬢様、階段を走ると埃が立ちますよ?」

「ごめんなさい! でもどうしても見せたくって」


 そう言いながら、アルマはマーヤにたくさん品を差し出した。


「これは栄養ドリンク。くたびれたら飲んでちょうだいね。こちらは気付け薬。栄養ドリンクよりも強いから、本当にくたびれた時だけにしてちょうだいね。こちらは美容液。肌がすべすべになるのよ」


 アルマはびっくりするほど、あれこれつくってはマーヤに差し出すのを、マーヤは目を白黒とさせて見つめていた。


「お嬢様、そこまでマーヤは使えませんよぉ」

「そんなこと言わないで。あとこれ」


 そう言って差し出したのは、銀色の笛だった。それにマーヤは驚く。ルーサーは「いつの間にジョシュアに連絡取ったんだろう」と思った。銀細工ならば、錬金術師であるジョシュアの専売特許だろう。


「妖精に号令を出す犬笛。人間には聞こえずとも、妖精には聞こえるから」

「あらまあ……お嬢様、屋敷に妖精が手伝ってること、気付いておられましたか?」

「これでも妖精学者の娘よ。普通に知ってたわ。わざわざ殺してやると思うようなことをしないから放っておいただけ。私だって、いちいち怒ってられないもの」


 その言葉に、思わずルーサーとマーヤは目を合わせて、噴き出してしまった。

 アルマはふたりの反応にブスッとする。


「なあに、その反応は」

「いや……やっぱりアルマはいいなと思っただけで」

「ええ、ええ。お嬢様。どれもこれもありがとうございますね、大切に使わせていただきます」

「ええ」


 こうして、三日後ふたりは迎えに来た車に乗って、オズワルドへと帰って行く。

 森に囲まれた邸宅に、小さな管理人がひとり。そして屋敷を手伝う妖精たち。そのことにルーサーは少しだけ鼻の奥がツンとするのを感じた。

 新学期はどんな冒険がはじまるのか、ただ楽しみになっていた。

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