妖精眼を持つ少女

転科先の授業風景

 ルーサーが普通科から魔女学科に転科を決めた理由は他でもない。魔法についてもう少し勉強して、アルマの見ている世界を知りたかったからである。

 魔女学はすっかりと埃が被った魔法の中でも基礎中の基礎しか勉強できず、代々魔法使いの家系の者たちはわざわざその学科に入って学ぶ価値がないとされているから、てっきりもっと閑散としていると思っていたが。

 ルーサーが意外だと思ったのは、普通科のように、右も左もわかっていない一般人に魔力が毛ほど生えた感じの人ばかりでなく、普通に魔法についてうんちくを語れるような人もそこそこ所属していたことだった。

 毎度毎度中庭に出ては、どっさりと薬草を摘み、それを区分しながら煮出して魔法薬をつくる。これがもっと洗練されれば魔法薬学科に転科することもできるのだろうが、そちらはもっと魔力について学んでからでなかったら危険らしいから、言われた通りにやる現状でひいこら言っているルーサーではついていけるかがわからなかった。


「そうは言っても、一般人からしてみれば、全く知らない話をたくさん知るから、毎日面白いんだけどね」


 そう言いながらアルマの個室を訪れたルーサーは、彼女がアルコールランプで火を熾してつくってくれた紅茶をいただきながら、食堂でもらってきたビスケットをかじる。

 それにアルマはクスリと笑った。


「ええ、ルーサーが充実しているようでよかったわ」

「そう? でも不思議なんだよね……どうして魔法について詳しい人たちまで、魔女学にいるのかは」

「そうねえ。魔法には大雑把に言ってしまえば二種類あるんだけれど、もうそれは授業で習ったかしら?」


 そう尋ねられて、ルーサーは授業を思い出す。魔法基礎学でそんなことを教授が言っていたようが気がしたのだ。


「たしか……魔法は魔力さえ持っていたらあとは使い方さえマスターすれば使えるものと、そもそも素質がないと使えないものとあるんだっけ? 前者は僕が魔法薬をつくって、その魔法薬を使うこと。後者はアルマみたいに正確な妖精語を使えること……で合ってる?」

「合ってるわ。すごいすごい」


 アルマがクスクス笑って手を叩くのに、ルーサーはなんとなくムスゥと唇を尖らせた。


「アルマ、さすがにそれは子供扱いが過ぎるよ」

「そう? ごめんなさい。そんなつもりはなかったの。ただ純粋にルーサーは一般人でまだオズワルドに来て半年ほどなのに、もうそこまでマスターしたのねすごいと思っただけだわ」


 そうたどたどしいことを言うアルマに、ルーサーは怒る気が失せてしまった。

 この幼馴染は基本的にものすごい勢いで勉強して、自分だとさっぱりわからない考察論文を書き進めているが、ときどき情緒がびっくりするほどあどけないのだ。

 ルーサーとアルマは幼馴染だが、ふたりは離れていた時間が長過ぎ、すれ違った時間も長かった関係で、今の関係がちょっとわかりづらい。元々ルーサーはアルマと結婚する約束をしていたのだが、妖精郷にさらわれたアルマは妖精と取り替えられてしまい、長いことルーサーと一緒にいたのは妖精のほうだった。

 おかげでアルマはすっかりと妖精が嫌いになり、妖精が悪さをしたとなったら首を取ったかのように「殺す」を連呼しながら殺しにかかるようになってしまったし、その悪癖を思いっきりルーサーの前で見せてしまったせいか、再会してからはルーサーに対して素っ気なかった。

 転科した辺りからアルマはルーサーにも覚えがある、若干シャイな少女の顔を見え隠れさせるようになったものの、彼女自身も妖精郷でなにがあったのか覚えてないせいか、妖精郷に行くための研究を取りやめていない。


(僕は正直、アルマにまた妖精郷には行ってほしくないけれど……)


 ルーサーもまた、危うく妖精郷に引き摺りこまれかけたため、彼女にまた危険な目に遭って欲しくないというのがあったが。

 そのことは、オズワルドでできた男友達のジョエルにあっさりと「やめておけ」と止められてしまった。ジョエルはアルマにとってはルーサーよりもよっぽど長いこと一緒にいた幼馴染ではあったが、ふたりは学んでいる魔法が片や妖精を殺すために妖精学、片や魔法の基礎と現代の叡智の結集である錬金術で、妖精は鉄が天敵な関係で、常日頃から鉄を纏わせているジョエルとアルマは思っている以上に一緒にはいないようだったが。

 ジョエルは普段の煙に巻いた言動で目立たないだけで、魔法使いとしての品格が高い。


「魔法使いは魔法に法則を押しつけて、屈服させるのが使命だ。それを邪魔するような真似をしちゃいけないよ」

「……魔法を屈服させる……?」

「君だって知っているだろう。魔法っていうものの理不尽さを」


 ルーサーとアルマが離ればなれになった一件だって、アルマが妖精に取り替えられてしまったことで発生したことだった。

 オズワルドは魔法を大量に取り扱っているせいで、頻繁に事件が発生する。

 いきなり石化したり、幻想動物が暴れたり、中には魔法の防衛反応のせいで悪霊が大暴れしたことだってある。

 どうにもこうにも、魔法は人間の考えや感情が及ばないところに存在しているらしい。

 ジョエルの指摘にルーサーが頷くと、ジョエルもまたニコリと笑って頷いた。


「アルマは自分が妖精から受けた理不尽に復讐したくてたまらないのさ。自分と入れ替わった妖精を殺せたところで、取り替え子は今でも出続けているし、妖精郷のメカニズムは未だに把握できてないのだから、彼女はそれを解明することで、妖精を屈服させようとしている。自分のような悲劇をもう二度と起こさないために」

「それは……アルマがやらないといけないことなんですか?」


 ルーサーの素朴な言葉に、ジョエルは笑った。


「魔法使いだったら、大概は思っていることさ。魔法を屈服させて使うから、魔法使いなのだから」


 ルーサーは魔法の素養こそあるものの、未だに魔法使いの考え方には遠く及ばない。ただただ、彼らの言動に感銘を受けているばかりなのである。

 それはさておき、アルマはルーサーの疑問に答えはじめた。


「それで魔法の素養だけれど……私のように妖精郷にさらわれた反動で妖精の言葉を正確に使いこなせるようになった例は稀だけれど、中には家系で守っている魔法があるのよ。門外不出の魔法」

「それを魔女学科に持ち込んで……大丈夫なの? 門外不出なんでしょう?」

「ほら、前にも言ったでしょう? 魔法使いは誰かに助けを求められない限り、自主的に助けてはいけないって」

「そういえば……前にアルマが言っていたね?」

「ええ。それは門外不出の魔法に関することかもしれないからっていうのがあるわね。魔法使いは基本的に他家の魔法に関わらないようにしているのよ。でも、魔法を行使するのにはお金が必要でしょう? 薬草だって量が増えれば材料費は馬鹿にならないし、必要な資料を山のように買えば、家の底が抜けてしまう場合だってある」

「それは……たしかに」

「だから魔法使いは基本的に貴族や商家しか習うことができなかった。禁術法のせいで人手不足にならない限り、一般人に門徒を開くことはなかったでしょうしね。そもそも魔法学院は一般の大学と同じで魔法の研究の保管も兼ねているから、門外不出の研究だって、個室であったのなら、そこにあるものをむやみに触ってはいけない。そこで研究することだってありえるのよ」

「なるほど……」


 その説明でようやっと魔女学科に存外人が多いのかの説明がついた。

 ルーサーが思う以上に、魔法というものは複雑怪奇な代物らしい。

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