真夜中の一角獣退治 前編

 その夜、アルマたちはケイトたちの食堂を訪れていた。

 ケイトにアビーとハンナの姉妹はぎゅーっと抱き着き、わんわん泣いては止まらない。姉がしばらく行方不明だったのだから、安堵で涙腺が緩みっぱなしなのだろう。


「本当に、今日の一角獣の観察の邪魔をしてしまって申し訳ありません……」


 ケイトに謝られて、アルマは「いいのよ」とあっさりと言う。


「いくらなんでも、ユニコーンの代わりにインブリウムがいたんじゃ、ニコヌクレイクだって困るでしょう?」

「ちなみに、インブリウムの角は、ユニコーンの角の代わりにならないんですか? 同じ一角獣ですけど」


 ルーサーがおずおず聞くと、アイヴィーがあっさりと言った。


「そりゃなるけど。同じ味だからって、エビがあるのにコオロギを食べればいいじゃないって話ではないでしょう? それにコオロギをエビとして売るのは駄目だわ」

「なるほど……わかりやすいような、わかりにくいような」

「とにかく。ふたりは今日は、隣の部屋で寝てもらえる? お姉さんの部屋には、私たち魔法使いが魔法を使わないと駄目だから」


 そう言ってアルマは、アビーとハンナをなんとかケイトから引き離そうとするが、ふたりともケイトがいなくなっていたのがよっぽど不安だったのか、ケイトにしがみついてなかなか離れない。

 泣いていた顔を見ていたせいで、余計にアルマも強く言えなくなっていたが、当のケイトがやんわりとふたりを注意した。


「ほら。魔法使いさんたちが困っているでしょう? そろそろ寝なさいな」

「でも……おねえちゃん」

「大丈夫よ。お姉ちゃんは魔法使いさんたちに守ってもらうから。もういきなりなにも言わないでいなくなったりしないから。ふたりは安心して休みなさい」

「……うん」


 アビーはまだ納得いかなかったものの、ハンナがぐずついて未だにべったりとケイトから離れないのを見かねて、「ハンナ、もう寝よう」と幼い妹の手を掴む。


「おねえちゃん、朝起きたらいなくなってない?」

「もういなくならないからね」

「うん……なら。おやすみなさい」


 ふたりが手を繋いで立ち去っていったのを見てから、ケイトはアルマたちに謝りはじめた。


「本当に遅くなってしまって申し訳ありません。どうぞよろしくお願いします」

「いいのよ。あの子たちも不安だったんでしょうし。さあ、はじめましょうか。とりあえずケイトさんは、ベッドで普通に寝てくれる? そのあと、なにがあっても起きては駄目よ?」

「わかりました……なんとかします」


 ケイトがベッドに入っていったのを見てから、アルマはルーサーに問いかける。


「さて。普通科のルーサーに質問。妖精を呼ぶために枕元に置いておくものはなに?」

「え、ええっと……」


 いきなり言われて焦って目を白黒とさせてから、ルーサーは食堂を訪れる前に目を通した教科書の内容を思い返した。


「……牛乳、砂糖……?」

「その根拠は?」

「牛乳も砂糖も、妖精の好物だから……でも牛乳をひと晩置いてたら、臭くなって目覚めが悪くならないかな?」

「正解。本来なら牛乳に砂糖を入れて置いておくのだけれど、氷結魔法もなしに置いてたんじゃ、たしかに腐るわね。ここは普通に砂糖だけにしておきましょう」


 元々熱源を司る魔法は錬金術の中でも高位魔法に値する上、数分で術式を書き込むにはいささか時間が足りない。

 アルマはそう解釈しつつ、ケイトの眠るベッドの脇に皿を置き、その上にさらさらと氷砂糖を載せはじめた。夜の窓辺に置いておくと、星屑を並べたかのようで綺麗だ。

 そうルーサーがぼんやりと思っている中。


「さてっと」


 ジョエルがサラサラと自身の小瓶の砂鉄を流しはじめた。それは散らばってしまって、氷砂糖からだと見えない。


「あの……?」

「うん。きっとインブリウムはケイトさんの夢に現れるからね。その夢からインブリウムを剥がせるように、砂鉄をこの部屋に撒いておいたんだよ。最初はわからないくらいだから、インブリウムも毒とも薬ともわからずに行動できるだろうけれど」

「長時間は動けなくなるから、その間に拘束するの」


 アルマは目が爛々としている。

 それにルーサーは複雑な思いに駆られた。


(アルマ……やっぱり妖精が嫌いなんだ。今回は一角獣だから殺さないだけで)


 もし一角獣でなければ、ジョエルの砂鉄で無効化したところで、問答無用で命名し、そのまま石像化させていただろうが。今回は魔法使いであったら誰もがご用達の一角獣が相手だから、おいそれと殺したりはできない。

 だからと言って、なにもせず放置することもないのだが。

 しばらくし、アルマの小瓶が揺れはじめた。レイシーがなにかに反応しているらしい。


【ユメ、デテキタ】

「インブリウム?」

【ウン、デテキタ】

「出てきたらしいわ。捕獲、お願いできる?」

「まあ、いいけどね。とりあえず窓を大きく開いてくれないかな? インブリウムのせいで、家が潰れたら明日商売できないだろう?」


 ジョエルに言われて、慌ててアルマたちは窓際を片付けた。

 一方ジョエルはというと、部屋に散らした砂鉄に神経を集中させている。やがて、ジョエルは人差し指を大きく伸ばした。


「螺旋巡り、廻れ、廻れ」


 そこからしゅるしゅるとなにかが伸びてきた。それは髪よりも細い糸だった。それは部屋に散らした砂鉄を魔力で集め、糸に変えていたのだ。

 それを驚いた顔でルーサーは眺めていたら、アイヴィーがぼそりと言う。


「錬金術って便利なんだよね。あたしも素養があったらそっち専攻してたんだけどなあ」

「あら、召喚科は不満?」

「そんなことはないけどさ。ただこういう捕り物のとき、一番頼りになるよねえって話。あ、ケイトの夢から引っ張られてきた」


****


 アイヴィーとアルマが話している間に、ケイトの頭上から雲が出てきた。

 それは氷砂糖目当てに出てきたのか、はたまたジョエルの砂鉄で居心地が悪かったのかがわからない。ただ、突然空間が割れ、そこから真っ黒な毛並みの一角獣が出てきたのだ。

 ジョエルは糸を伸ばし、それでインブリウムの捕獲を試みるが、インブリウムは大きく蹄で薙ぎ払って、ジョエルを糸ごと突き飛ばしてしまった。壁にそのまま彼は頭を打つ。


「ジョエル……!」

「まだ終わってないのよ……【インブリウム、どうしてここに現れた!?】」


 アルマが妖精言語でインブリウムに声をかけると、インブリウムが振り返った。

 真っ黒だが美しい毛並みであり、その角もピカピカに発光して見える。その上夢の出入りが自由ときたものだから、憧れて頭のひとつ撫でたくなるのが心情だろう。

 インブリウムは嘶いた。


【人間、どうして我らの言葉を発音できる?】


 やけに偉そうな言葉遣いである。アルマはイラリとしたものの、どうにか己を律して言葉を探す。


【勉強したからよ……それよりも、どうしてあなたは彼女に自分のことをユニコーンだと偽って会いに行ったの? わざわざ一角獣を増やす方法があるなんて嘘まで教えて】

【そんなの、決まり切っていることよ】


 インブリウムは美しい。

 黒くつやつやとした毛並み、闇にも映える青いたてがみ、月明かりのようにきらめく角……。


【──乙女を食えるのだからな、人間が勝手に我らの亜種を乱獲しているのは知っているから、それに付け込めば、簡単に食える】


 ──しかし美しいものが、醜悪な感性ではないという保証は、どこにもない。

 一角獣が乙女を好むという意味はいろいろあるが、このインブリウムが好むのは、端的に言ってしまえば無知で都合のいい女性というところらしい。

 アルマはあからさまに不機嫌に鼻を鳴らした。

 彼女の不機嫌な態度に、ルーサーはおずおずと尋ねる。


「アルマ? なんて言って……」

「こいつゲスだわ。あとでケイトさんに確認しましょう。おそらくニコヌクレイクで誘拐された女性、彼女だけじゃないわ」

「ええ……?」


 ルーサーは困った顔をしたものの、アイヴィーは「はいはい」と古紙を取り出した。


「残念だけど、ゲスい生き物ってどこにでもいるからね。そりゃ妖精学と悪魔召喚を混同されて、禁術法適用させるか否かで揉めるはずだわ」

「こいつ殺しちゃ駄目?」

「アルマぁー、また怒りスイッチ入っちゃったのぉ? 一応どれだけゲスい生き物でも、乱獲された希少種をわざわざ殺す必要はないから。とりあえず、さっさと追い払おう。湖のほうのユニコーンの観察行っているところと合流されたらまずいし」

「ええ……そうね」


 インブリウムは、そのままあざ笑うかのように嘶いて、窓から飛び去る。

 バサリと翼を羽ばたかせていく様は優美で麗しく、アルマが聞いたゲスい言葉さえなかったら、きっとケイトのように騙されてしまう女性も大勢いたことだろう。

 その背中を見ながらアイヴィーは「来なさい!」となにかを古紙から召喚した。

 それは無機物のようにも見える、大きな布だった。


「乗って!」

「あ、あのう……これは?」

「召喚科で最初に習うのは、魔道具召喚よ。これは魔道具の空飛ぶ絨毯。アイヴィーは召喚用の魔方陣を古紙に束ねて何枚も持っているから」

「えっへっへっ……あたし、やっぱり召喚術のほうが、素質あるみたいでねえ……! ジョエルー、生きてる?」


 さっさと絨毯にアルマとルーサーを乗せたアイヴィーが、壁に激突していたジョエルに声をかけると、彼はさっさと砂鉄を手に集めていた。未だに糸が伸びている。


「一応。別に打ち所は悪くないみたいだから。あと、インブリウムの蹄に俺の砂鉄をたっぷり仕込んでおいたから、これで跡は追えるはず」

「やっるー!」


 アイヴィーにバシバシと背中を叩かれつつ、ジョエルも絨毯に乗る。

 薄くて飛んだ途端に体重に負けて落ちるんじゃとハラハラしていたが、アイヴィーが空飛ぶ絨毯を浮かせた途端に、ものの見事に飛びはじめた。


「それで、捕獲してどうするの? 殺せないけど」

「……トラウマを植え込んで、もう二度とニコヌクレイクの女性陣を誘拐できないようにするわ」

「だから! アルマは妖精嫌いなのはわかるけど! もうちょっと言い方ってものがあるでしょ!?」


 アイヴィーの悲鳴を聞きつつ、ルーサーは困った顔でアルマを見た。


「でもどうやってトラウマを植え込むの? それにインブリウムは夢に出入りできるんでしょ? 誰かの夢に入ってしまったら逃げられてしまうんじゃない?」

「今のところ、俺の砂鉄で拘束しているから、空飛んで逃げることはできても、人の夢の中には入れないと思うよ。物質は基本的に精神世界には入れないから。夢も精神世界の一種だから」

「なるほど……」

「……おそらく、そのジョエルの砂鉄をどうにかするために、湖に向かって蹄を洗うか、森で木に擦り付けて砂鉄を落とすかの二択でしょうね。そして現在進行形で魔法使いたちが湖に滞在しているとしたら」

「……インブリウムは森にいる」


 アルマは獰猛に笑った。


「植え付けてあげるから、覚悟なさい」


 彼女のトラウマは根深い。

 なにもかもを奪われた怨嗟は、今会ったばかりのインブリウムにすら向かっている。

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