第57話 しあわせ
少し歩いて、一際人が集まっている場所にやって来た。
「綺麗……」
「そうだね……」
昨日も同じイルミネーションを見た。そのはずなのに、今日のイルミネーションは昨日の数十倍も鮮やかに、煌びやかに輝いているように見えた。
「ね、日向」
飛鳥が恥ずかしそうに話しかけてくる。
「なに?」
僕は、飛鳥の顔をまっすぐ見て返事をする。
「その……。写真、撮らない?」
飛鳥の口から放たれた衝撃の一言に、一瞬、時が止まったような感覚に襲われた。
「二人で?」
「……うん」
俯きがちに、頬を桃色に染めている飛鳥がとても可愛らしく思えた。
「じゃあ、撮ろうか」
僕は慣れない手つきで、画面をこちらに向けてスマホを構えた。
「飛鳥。それじゃ見切れちゃうよ」
「う、うん……」
飛鳥は恥ずかしそうにゆっくりとこちらに寄ってくる。その歩みが遅いこと。まるでカメみたいだ。
「飛鳥、早く。邪魔になっちゃう」
「あぁもう! わかった!」
その声が聞こえた途端、身体の左側にとても優しい温もりを感じた。
「早く撮って!」
すぐ側から聞こえてくる飛鳥の声。今現在、僕は飛鳥に抱き着かれている。なんとしあわせな時間なんだろう。
「早く!」
得も言われぬ喜びに浸っている僕を急かすように飛鳥がそう言う。
「あ、はい!」
僕は焦ってシャッターのボタンを押した。
カシャカシャカシャカシャ
慌ててたし、寒くて手がかじかんでいたのもあって、シャッターのボタンから指が離れなくて連写になってしまった。そこで周囲から冷ややかな視線と、乾いた笑いが起きた。
「ちょっと……」
「ごめん……」
他人の少ないところに戻ってベンチに座り、そんな会話をした時、二人の間にすごく大きな笑いが生まれた。
「いきなり連写って! びっくりした!」
「僕も。急に抱き着いてくるとか……」
二人の間に、暖かくて柔らかい空気が流れる。
ひとしきり笑って、笑いつかれたとき飛鳥と目が合った。普段ならすぐに目を逸らすところだけど、この日の飛鳥は顎を少しだけ前に出して、ゆっくりと眼を瞑った。
――これって、そういうこと、だよな……
僕は、飛鳥の顔にゆっくりと自分の顔を近づけた。飛鳥の顔が近づくにつれて、周囲の笑い声とか、車のエンジンの音とか、いろんな雑音が自分の心臓の音に掻き消されていく。
飛鳥と僕の唇が交わった――。刹那、あまりの恥ずかしさに顔を離す。
「……」
「……」
僕たちは無言でベンチから立ち上がった。そして、二回目の口づけを交わした。さっきは一瞬だったから分からなかったけど、飛鳥の小さな唇はとても柔らかくて、温かくて。とにかく、胸がいっぱいになった。
「年に一回くらいはいいかもね」
「そう、だね」
唇を離して小さく微笑み合ってから、僕たちはふたりの家に帰った。
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