第34話 ヤクソク
「ということで、判定はBでした」
「やった~!」
明らかにテンションを上げて、両手を天に向かって突き上げる明里さん。どうしてそんなに喜んでいるのか、理由は明確だけど、
「どうしてそんなに喜んでるんですか?」
と少し意地悪して落ち着いた声で訊いた。
「先生、私との約束。忘れちゃったんですか?」
すると、明里さんの淋しそうな、切なそうな声と表情が返ってくる。見事なカウンターアタックをすかすように
「約束?」
とおどけて笑いながら疑問符を浮かべると、
「もう! 覚えてるくせに!」
明里さんはぷくっと頬を膨らませて、顔をグッとこちらに近づけてきた。
「分かってますよ。ご褒美ですよね? 何がいいですか?」
すぐそこにある可愛い顔を目の前に、この高鳴る心臓をなんとか静めて落ち着いた声で訊く。すると明里さんは
「先生とデートがしたいです!」
悪びれた様子もなく、純粋な目ではっきりとそう言った。
「デート?」
「はい」
「どこに?」
「う~ん。そこまでは考えてなかったな……」
「遠くとか、泊まり込みとかはご両親が心配するからなしだよ?」
「それじゃあ、日光とかどうですか?」
表情を和らげて、甘えたトーンで聞いてくる。
「日光ですか。まぁ、いいでしょう。今週の土曜日にでも行きましょう」
「やった~! 東照宮!」
「東照宮行きたいの?」
「はい! 見てみたかったんですよね、三猿」
「そっか。じゃあ、ちゃんと準備しておいてくださいね? 当日はレンタカーを借りて迎えに来ますから」
「はい!」
土曜日の予定を決めて、この日の授業は軽めで終わらせて僕は家に帰った。
「ただいまぁ」
また言ってしまった……。やはり、癖というのはそう簡単には消えてくれないみたいだ。廊下を歩いてリビングの扉を開ける。一人で暮らすにはあまりに広すぎる部屋を見回してソファーに座る。
「なんか、モヤモヤするなぁ……」
ソファーの上に寝転がって天井を見ながら呟く。
彼女がこの部屋から去ったあの日から、この感覚が消えてくれない。ずっしりとこころに乗っかっているような。でも、フワフワとこころの真ん中に浮いているような。そんな感覚。虚無感とも違う、不思議な感情。なんか自分が分からなくなってきてスマホを開き、明里の柔らかい笑顔を見る。
「かわいいな……」
作ったような言葉が、すぐに部屋のどこかに消えて行く。日を跨ぐごとに大きくなっていく、この妙な感覚。明里と二人っきりでいる、あの時間ですらこの感覚を消すことは出来ない。
「やっぱり僕……」
良くない考えが頭に過り、口からあふれ出しそうになって慌てて首をブンブンと横に振る。
「ありえない! 僕は。ボクは絶対に明里が好きだ!」
変な考えを塗り替えるように大きな声でそう言って、夕飯の支度を始めた。
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