第23話 爆発
それから一週間後。長いようで短かった夏休みが終わった……
午後の講義が終わって、僕たちは二人で家路についていた。隣にいる彼女は、いつも通り歩きながら本を読んでいる。
「ねぇ、ちょっと公園寄ろう?」
「え?」
僕は彼女の返答も聞かずに進路を変更して、キャンパス近くの緑地公園に入った。
「なに? 早く帰って本読みたいんだけど……」
僕がベンチに腰を下ろしてすぐ、気だるそうに言ってくる彼女。
「……」
「ねぇ、聞いてるの?」
怒りを帯びた声と視線が、無言の僕に向けられる。
――どうして料理も、洗濯も全部。何もかも僕がやってるのに、コイツはこうも上からなんだ。
――何もしてないくせに。
――何様だよ。
心に、そんな熱くて重たい言葉が湧いて来て、ついに僕の感情は爆発した。
「なんで……」
「え?」
怒りに任せて漏れた声は、とても小さくて、低くて、とても自分のものとは思えなかった。
「なんで飛鳥はいっつもそんなにだらけてんだよ! 部屋の家賃も半分以上、僕が払ってるし、洗濯も掃除も料理も。全部ぜんぶ僕がやって! それなのに飛鳥は、ソファーの上で怠けて、面倒くさそうに返事して!」
「ちょっと日向。どうしたの……?」
彼女の声なんか、ノイズがかかったように僕の耳に届かない。
「ちょっとは何かしてくれよ……。家庭教師の日も。こっちはすごく疲れてんのに『晩御飯は?』って、なんにも考えないでバカみたいに聞いてきて。こっちだってあの部屋の家賃を払うために頑張ってんだよ! 少しは汲んでくれよ……。少しは協力してくれよ……。付き合ってからまともなデートもしてない。勇気出して誘ってみても『嫌だ』とか気怠そうに言って……。二人で撮った写真なんて一枚もない。僕たちさ、本当に付き合ってるのかな…………」
爆発した怒りが静まって、心に残ったのはただただ悲しいという気持ち。
「……」
彼女の返事はない。ただ、足元をジッと見つめて、何も言わずに、僕の機嫌が直るのを待っているように思えた。
そんな日は絶対に来ないのに……。
「別れよう、飛鳥」
小さく、込み上げてくる怒りを抑えるように言う。
「日向?」
いきなり彼女の視線が上がる。驚いているその姿が酷く滑稽に見えてくる。
「部屋から出て行ってくれ。てか、出てけよ!」
強く鋭い言葉を向けたとき、彼女の大きな目に大粒の涙が溜まっていることに気づいた。
「……日向」
それでも尚、僕を信じるように声を漏らす彼女に
「僕、この公園で課題して帰るから。飛鳥はそれまでに荷物まとめて出て行って。家具とかは着払いで送るから」
カバンを開きながら、片手間で伝える。
「待ってよ日向」
微かな鳥のさえずりにも消されてしまいそうなほど小さな声。
「早く行けよ!」
全てを突き放すように怒鳴って、僕は課題を開いた。
目の前にあった小さな影が徐々に遠ざかって行く。周囲から向けられる視線は冷ややかで、とても鋭い。微かに聞こえてくる女子高生たちの僕を蔑むような声。そんなものも気にならない程に怒りが再沸騰してきている僕は、小さく深呼吸をしてから黙々と課題を進めた。
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