第18話 不安……
「なんだよ、急に……」
日向の口から初めて聞いた我儘が、ツンと心に引っ掛かって、それが気持ち悪くて、私はゆっくりと起き上がった。
これまで日向は私に我儘みたいな自分の意志を伝えてくるようなことはなかった。付き合ってみたら、どんな人でも『あれがしたい!』『これがしたい!』と言って、ベタベタくっついて、どこかに出かけて。そんな風に絶対になるんだっていう先入観を抱いていた私からしたら、彼の存在はとても心地よくて、都合が良かった。
そんな彼が我儘を……。
「あ~、もう! わかんない!」
考えていても無駄だと思い、私はソファーから立ち上がって浴室に向かった。
大して汗もかいていないけど、入念に身体を洗ってから湯船に浸かった。そう言えば、日向が入った後にお風呂に入ったのは初めてだ。いつも日向は、私に一番風呂を譲ってくれる。
「急にどうしたのよ……」
さっきの件も、昨日の件も。私は、彼のことが分からなくなっていた。
「私、可愛くないのかな……」
不意に呼び起こされた昨日の記憶。昨日、日向が口にした一言。
『かわいい子だね』
『そうだね』
あの時の日向は、私が今まで見てきた中でいちばん柔らかい笑顔をしていて、すごく満たされたような顔をしていた。私には決して見せてくれないあの表情を、あの子は見ているんだ。そう思うと腹が立って、悔しくて……。
「日向は、あぁいう可愛い子が好きなのかな……」
自分の吐いた言葉で自分を傷つける。自分の容姿がすごく気になって、曇った鏡を手で拭いて自分の今の顔を見る。
――ビミョーだ
小顔マッサージとか、そういった類のものはぜんぜん分からなくて、顔をグニャグニャと動かしてみる。頬をぎゅっと強く押したり、ほっぺをコロコロしてみたり。
「疲れた……」
もう一度、鏡を見てみる。そこには、なんにも変わっていない私がいた。
「はぁ……」
ため息が零れる。性に合わないことをしたからだ。私は結局、いくら考えても無駄だと思って、心の中で“今まで通り、私らしくいる”と決めて、お風呂から出た。
それから二日が経った……。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
家庭教師のアルバイトで、これから明里ちゃんの家に向かう日向の背中を見送って、私はいつも通りソファーの上で手元の本に視線を落とした。
「……」
しばらく本とにらめっこして、本をパタンと閉じる。
「日向が居ないと、集中できない」
心に浮かび上がってくる虚無感。何もしていないのも嫌なので、私は普段点けないテレビの電源を入れて、報道番組を見た。
『続いてのニュースです。月9ドラマで現在、注目を集めている話題の俳優、浜田達哉さんの不倫が発覚しました』
この報道番組。というかワイドショーでは、有名な芸人さんとか、ちょっと売れてるコメンテーターが、各々の意見を交わして、なんとなくの結論を出している。それで、今のニュース。別に当人同士の問題なんだから、掘らなくていいことのはずの問題を徹底深堀して、浜田さんの評判をガタガタと下げていっている。
「こんな番組……」
テレビのリモコンに手を掛けて、チャンネルを変えようとしたとき、私は得体のしれない実体のない不安に襲われた。
「日向と、明里ちゃん……」
原因はきっとこれだろう。日向に限ってそんなことはないと信じている。それなのに私の心は、不安という見えない怪物にだんだんと蝕まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます