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 居酒屋【弥生桜】 19:00


 大きく手を振る見知った顔の奴。


「流樹ぃ!!」


 分かったから大声で名前を呼ぶなよ・・・


「遅れてごめん」


 まぁ19時集合だから遅れては無いが、全員集まっていたので申し訳程度にお辞儀をした。


「本日の主役の登場やなぁ!!」


 僕の肩に手を回し、この飲み会の主催者である牟呂が言った。

 何年かぶりに会う奴もいる。


 藤村慶悟フジムラケイゴ日笠直行ヒガサナオユキ長谷川稔ハセガワミノル下村恭平シモムラキョウヘイ牟呂竜也ムロタツヤ


 若干老けたが、あまり変わってない様子。


「えー、ついに大倉流樹オオクラリュウキ君が結婚する事となりました!愛子さんとの幸せを願ってー・・ー」


 皆がグラスを持ち上げる。


 「「乾杯!!」」


 牟呂の仕切りで始まった。

 周りから、おめでとうや頑張れよと労いの言葉を受けとる。

 小さく頭を下げつつ、わりと仲が良かった直行の隣に座った。


「リュウが結婚するとは思わなかったなぁ」


 名前が流樹だからリュウと呼ばれている。

 僕も直行の事をチョクと呼んでいる。


「いや、まぁ・・・成り行きで・・・な?」


「リュウらしいな」


 笑いながらチョクは言った。

 だけどそれから程なくして、周りにアピールするかのように大袈裟にため息を吐いた牟呂。


「何をヘラヘラと笑っとんねん日笠は!?」


 どうした急に?


「えぇっと・・・何が?」


 チョクは苦笑い気味に返した。


「お前と長谷やんは未だに独身やし、もう俺らも28やろ?結婚とか考えんの?」


 もうすぐ結婚する僕を含め、チョクと稔の三人は独身である。


「いや、その・・・相手もいないし、出会いも無いから・・・その、なぁ?」


 言って稔に視線を向けるチョク。


「うん、そうそう」


 急に振られ、慌てた様子で首を縦に振る稔。


「お前らは積極性が無いからやわ!出会いが無いとか俺からしたら言い訳にしか聞こえんわ!」


 あらぬ方向へ空気が変わる。

 稔とチョクは何も言い返せないまま愛想笑いを浮かべている。 


「しかも長谷やんは派遣やろ?実際その年で派遣とかマジでヤバいと思うで?」


 長谷やんこと長谷川稔は確かに派遣社員だ。

 正社員で働いていた事もあったが、職場でパワハラを受けて辞めてからは派遣の仕事をしていた。

 牟呂の言う事も分かるけど、ニートよりはマシなんじゃね?と思う。


 稔は「そうだよな」と落ち込んだ様子で呟いた。


「もっと危機感持ったら?そんなんだから彼女も出来ないんやろ?」


 畳み掛ける牟呂。

 何がどうなってか、いつの間にかチョクと稔への説教に変わっていた。


「まぁまぁ・・長谷川も日笠も色々と考えているとは思うよ」


 慶悟が牟呂をなだめるが「何も考えて無いやろ」と一蹴する牟呂。


 それからも稔とチョクへのダメ出しは続いていたが、言いたい事を散々言った後に苦笑混じりに牟呂は言った。


「まぁ・・お前らが、どうなろうが別にえーけどな」


 別にいいなら言うなよ。

 チョクも稔も言われてヘラヘラと笑っているだけであった。


 それからは皆が普通に焼酎やらビールをグビグビと飲んでいた。

 僕は三日続けてって事もあって、ペースを落としてまだ二杯目だ。


「あぁー、すまんな長谷やんと日笠!!俺、酔っとるわぁ」


 七杯目?位のタイミングで牟呂が言った。


「いやいや・・本当の事だし、大丈夫大丈夫!」


「そう、牟呂も俺らの事を思って言ってくれてんの分かってるからさ!」


 そう答える二人が気持ち悪かった。

 酔ったからって理由で、そんな適当な謝罪で終わって良いのか?

 僕には、自分を下に思ってる相手に正論じみた言葉でマウントを取りたいようにしか見えなかった。


 チョクもなんでそこまで言われて愛想笑いが出来るのか、稔も同じく飲みの席で皆の前で説教されたのに何も言い返せないのか・・・


 理由は分かる。

 この飲みの席を壊さないようにする為だ。

 理由はなんであれ、僕の結婚の前祝いだから、雰囲気をぶち壊さないようにしてくれている。

 確かに、このメンバーの中で一番所得が多いのは税理士の牟呂だが、友達同士に上下みたいなのは付けて欲しくない。

 稔やチョクがいないところで好き勝手愚痴るのはいいけど、こんな風に皆がいる中で晒すような真似はして欲しくない。


 飲み会が開いて二時間が経過した頃、コンコンと戸を立てる音。


「お待たせしました、イカ軟骨と春巻きになります」


 バイトの店員さんがやって来た。

 女子高生位の可愛らしい黒髪の娘だ。

 胸下には【研修中】の札があった。


「えっ!?・・いや、春巻きとか注文して無いけど?」


 首を傾げながら牟呂は答えた。

 恭平が注文するタブレットを見ながら注文履歴を確認していた。


「えっとー・・お姉さん、春巻きじゃなくてタコわさですね?」


 恭平がそう言うと、


「も、申し訳ございません!直ぐに持って来ます」と慌てた様子な店員さん。


 そう言って個室の戸を閉めた。

 間違えて持ってきた春巻きは置いていったままだ。



 


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