シケモク拾い / 苫津そまり

追手門学院大学文芸部

加筆修正版

 平日午後一時、駅の中。まばらな足音とせわしない発車メロディの重奏がくぐもる、アクリル板の扉のその向こう。足を踏み入れた青年が、くたびれた作業着の中年に話しかけた。

「煙草が美味しい季節ですね」

 白い息が、空間に立ち込める煙を揺らす。それが溶け込んだのを見届けたのか、それともただぼうっとしていただけなのか、とかく一拍いっぱく置いてから、中年も深く息を吐いた。また煙が揺れ、溶け込みながら、空間の煙たさに加わった。

「そうだなぁ。ま、俺にとっちゃあ煙草はいつでも旨いんだけどな」

「それもそうです」

 それっきり青年は黙りこくっていた。中年も黙りこくっていた。


 青年がいつの間にやら取り出した文庫本の二ページと三行目を読み終えた時、不意に、あるいは痺れを切らしたように、中年が口を開いた。

「兄ちゃん、吸わないのかい?」

 青年は黒いタートルネックがちくちくするのか、リブ生地の上からもぞもぞと首を引っいていた。

「え? ああ、待ってるんです」

「待ち合わせかい。んならもっと別のトコで待ちゃいいのに。臭いが付くぜ」

「いえ、気にしませんので」

「心が広いんだねぇ」

 それっきり二人は黙りこくって、紙をめくる音と息を吐く音だけで会話した。ページとページの隙間には、煙と臭いがたっぷりと挟まった。


 中年が煙草を吸い終わったような素振そぶりをしたので、青年はそう詰まっていない活字の群れから目を離して吸い殻を見た。七ページと十二行目を読み始めたところだった。

「あ、すみません。それ、くれませんか」

 淡々とした声色の裏に、羨ましそうな響きが滲んでいた。

「なんだ、シケモク拾いかい。わざわざ吸殻集めなくたって新品あげるよ。なんだか知らねぇが頑張りなよ」

「あはは、どうも」

 中年は青年の肩をポンと叩いて改札階に帰っていった。青年は申し訳ないような有難いような顔で笑った。


 くたびれた背中を見送った青年は、少しばかり周囲をきょろきょろ見まわして、灰皿に落ちていった吸殻たちに思いを馳せながら、煙草を一口かじって咀嚼し、嚥下した。

「冬の吸いたてが一番美味しいのになぁ……」 




あとがき

 苫津そまりと申します。煙草は燃焼温度が低いほど煙草本来の旨味を味わえるのだそうで、これはそこから着想したお話です。といって、前号の加筆修正版なのですが。

 いちおう新作を書こうという意思はあったし、いくらかは書いていたのです。自分から遠すぎる主人公……難しいんですよね! 煙草を食べる男の話を書いておいてそれ言う? って感じですが。予定していたものは夏に出すか、あるいはインターネットのどこかに置いとくか、なんにせよ気に入った台詞はあるので、いつかお出しできたらいいなぁと思ってます。部誌の話は追手門学院大学文芸同好会のカクヨムで読めるので、私の作品に限らずご興味があれば覗いてみてください。

それでは私はここいらで失礼します。また次があれば、その時に。

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