第1章 約束
第1話 再会
俺が幼馴染の今宵に告白し、そしてフラれてから一週間が経過していた。
放課後になり楽しそうに談笑するクラスメイト達を横目に見ながら、俺は騒々しい声に眉を顰めた。
……死に際に記憶が蘇ることを、「走馬灯」と言うらしい。
残念なことに元の世界で死んだと思っていた俺は、
目で見て耳で聞き、肌で触れる全てに、紛れもない現実感がこの世界にはあるのだ。
では、ここが記憶だけの世界でないというのであれば、アラサーだった俺が男子高校生に戻っている、この非現実的な現象の正体は何なのか?
それは――所謂「タイムリープ」というものだろう。
どうして俺の身にこんな非現実的なことが起こったのか、意味も理由も全く分からない。
はぁ、と俺は深くため息を吐いた。
元々、大きな不満のある人生ではなかった。
悔いと言えば、今宵に気持ちを伝えられなかったことだけ。
そのことを解消した今、高校生から人生をやり直せと言われても、正直面倒だとしか思えなかった。
その上、この高校生活には――以前の高校生活にはなかったハンデがあった。
「相変わらず落ちてんな~。いい加減、元気出せって」
「そうそう、幼馴染の今宵ちゃん以外にも、この世界に女はたくさんいるんだからよ」
「それに、またあのカッコイイ告白をすれば、今度こそ落ちない女はいないって」
心配しているように見せかけて、半笑いで揶揄うように声を掛けてくる、クラスメイト達。
走馬灯だと信じて疑わなかった俺は、時と場所を考えず、あろうことか授業中に、クラスメイト達の目の前で、今宵に告白をしていた。
ちなみに、玉砕した俺は、教師には職員室に呼び出されて厳重注意と反省文の提出を命じられていた。謹慎処分を喰らわなかったのは、結局振られたため、同情されたためかもしれない。
そのため俺は今、クラスメイト達の好奇の視線にさらされ、フラれたことをいじられまくっていた。
挙句、話したこともないような他のクラスの連中まで、面白がって俺を揶揄うようになっている始末。
――無性に苛立ちはするものの、田舎のクソガキどもの一時的ないじりだ。
すぐに飽きるだろうし、イラつくだけ損だ。
もうすぐ一学期も終わる。
高校三年の夏といえば、受験勉強に打ち込む者がほとんどだ。
二学期になれば、俺の告白のことなんて頭から消え去るだろう。
……と頭では分かっていても、苛立ちは止められない。
俺は無言のまま、席を立った。
早く帰宅したいとも思うが、帰り道でいろんな連中に声を掛けられる可能性がある。
しばらく時間を置いてから帰ろう。
俺はカバンを教室に置いたまま、とりあえず教室を出ることにした。
しかし、タイミング悪く教室に入ろうとしていた女子と、ぶつかった。
「悪い」
ぶつかって後ずさった女子に、俺は謝る。
「こっちこそごめん! って、暁……」
ぶつかった女子は、あろうことか今宵だった。
彼女はこちらを見て、気まずそうな表情で俺の名前を呼んだ。
俺はその視線から避けるように、早々に廊下を歩き始めた。
後腐れなく告白できるチャンスとばかりに気持ちを伝えたわけだが、どうしても気まずさはある。
背後から今宵が俺に呼び掛けていたが、その声を無視して、俺は階段を昇っていった。
そして、階段を昇り終え、屋上へ続く扉の前に辿り着いた。
屋上の扉は常に施錠されており、ほとんどの生徒はわざわざここまで来ることはない。
今も、いつも通り人は全くいなかった。
しばらくここで一人、時間でも潰しておこう。そう思って俺は手すりに体重を預ける。
暇つぶしに、懐かしさを感じる携帯電話ガラケーをポケットから取り出そうとしたところ、屋上の扉越しに、激しい雨音が耳に届いた。
この過去に来てから、晴れた日は一度もなかった。梅雨時とはいえ、こう雨が続くと気が滅入る。
俺は自然と扉に目を向けていた。そして、今さらながら気が付いた。
普段、扉の施錠に使われている南京錠がなく、扉が開いている。
……屋上に誰かいるのだろうか?
興味が出た俺は、ゆっくりと扉を開いた。
降りしきる雨のせいで視界は悪かったが、それでも確かに、そこに生徒が一人いるのを見つけた。
女子の制服を着ているが、後ろ姿なので顔はわからない。
誰が何のために屋上にいるのか、気にはなったものの……傘をささずにこの雨の中を歩くのは、正直嫌だった。
何も見なかったことにして扉を閉めようとしたが……。
扉が閉まりきる直前、俺の目に入った光景を見て、俺は考えを改めた。
女子生徒が、手すりを乗り越えた。
……よくない想像が、一瞬のうちに頭の中を巡る。
飛び降りを見過ごせば、気分は最悪だ。俺は扉をもう一度開き、急いで彼女の背後に歩み寄った。
あっという間に、全身が雨に濡れた。
しかし、その雨が幸いしたのか、俺は気づかれることなく彼女の背後へと辿り着いた。
驚かせないように、ゆっくりと俺は彼女の肩に手を置いた。
――そしてその瞬間、思い出した。
俺の記憶では、夏休み前に学校の屋上から生徒が飛び降りた、という話を聞くことはなかった。
この少女は少なくとも、今日この時に飛び降りることは、なかっただろう。
俺は内心ホッとしていた。
しかし――。
「……手、離してよ」
そう言って振り向いた彼女の顔を見て、俺の記憶がさらに、急速に蘇った。
不機嫌そうなその表情は、雨に濡れた髪が頬に張り付いてうっとおしかったから、という理由ではなさそうだ。
俺に向ける眼差しには、強い警戒感が見て取れる。
「……
思わず、俺は彼女の名前を呟いた。
彼女は高校2年の春、東京の高校から転校してきた女子生徒だった。
洗練された、垢ぬけた都会の美少女で、その上成績優秀。
学校一の美少女と言われていたが、彼女にとってその賛辞は全く意味のなかったものに違いない。
「あのさ、手を放してくんない?」
再び告げられたその言葉。
しかし俺は、この手を放して良いものか、迷っていた。
なぜなら彼女は俺の知る未来の世界で、この学校を卒業する前に――。
自らの手によって、その人生に幕を閉じていたのだから。
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