初出動(危険な?戦い)
海人からの通信と同時に、届いたデータがディスプレイに表示される。
わずか数行のデータだったが、弾太郎は眉をひそめた。
「……氏名ポケケノ・ハング、二十九歳(地球人相当年齢換算)。ランクCの3?正式ランクを持っているってことは、銀パト所属の戦士か傭兵怪獣ってことなのか」
『その通りだ。ランクは低いが十五年の実戦経験を持つ。しかも柔軟な体をいかしての格闘術を身につけているそうだ。意外と油断できない相手だぞ』
「ルキィさん、わかった?今度は慎重に取り押さえるんだ」
「了解!」
うずしお丸を見上げていたルキィはうなずいた。
そして今度は用心深して、背後からゆっくり接近した。
当の大怪獣ポケケノさんは……高らかにいびきをかいて気持ちよさそうに酔いつぶれている。
「そんな狸寝入りで騙されるとでも?」
すり足で静かに、距離をつめていく。
あと二歩でルキィの攻撃の間合いに入る。
なのにポケケノはヨダレをたらして、だらしなーく眠りこけている。
おまけにブツブツと何か寝言を呟いている。
「本当に寝てるの?」
ルキィは眉をひそめた。
蹴りか尻尾による攻撃なら、とっくに敵の射程距離内だ。
しかし仕掛けてくる気配はない。
それどころか……
「えへへへ、きれーな女の子が一杯だぁー、地球っていーところだなぁー……」
どんな夢を見てるんだこの怪獣は?
……と、いいたくなるような寝言が延々と続いてる。
「とにかく今のうちに縛り上げちゃお……」
そろり、ソロ-リと一歩近づいた、その時にポケケノの片足が動いた。
まるで足の関節がなくなったようにグネグネと曲がり、倍近くに長さが伸びたのだ。
ハッとして飛び下がろうとするルキィの足首に、ポケケノの伸びた足が巻きついた。
「キャッ?」
ドズン!
足をすくわれたルキィは背後の建物を巻きこみながら、仰向けにひっくり返った。
後頭部をぶっつけた小さなプレハブは、爆発するような勢いで粉々になった。
「あ、ア痛いたぁー……ええっ?」
ぶっつけた後頭部をさすりながら、ルキィは起き上がろうとした。
だが、ポケケノの動きは酔っ払いとは思えないほど速かった。
馬乗りになって押さえ込み、手足を蛇のようにルキィの四肢にからみつかせて完全に動きを封じてしまった。
「まずいな、この体勢は……」
完全に押さえ込まれたルキィを見て弾太郎はうめいた。
養成科目のひとつとして格闘技も一応学んでいたから、マウント・ポジションと呼ばれるこの体勢がどれだけ不利なのかは知っている。
上になった方からは殴り放題だが、下になった方は威力もスピードもないパンチを出すのがせいぜいだ。
しかも防御体勢もままならない。
キュオオオッ。
ポケケノがクワッと口を開いた。
ルキィの顔面に噛みつこうと、勢いつけて頭を振り下ろす。
とっさに首を振ってルキィがかわすと、勢い余ったポケケノの口は虚しくコンクリートの地面にぶつかった。
砕けたコンクリート塊が飛び散り、地面にはえぐられた跡が生々しく残る。
二度三度と噛みつき攻撃がくるたびに、ルキィは身をよじり、首を振り、手の平で攻撃を払いのけてかわす。
度重なる噛みつき攻撃の流れ弾で怪獣の二匹分の体重を支えるコンクリートはたちまち縦横の亀裂が入り、周囲の工場や事務所の壁がひび割れていく!
……とまあ、これが一般人の目から見た怪獣同士の猛烈な戦いなのだが、もみあっている当事者や一般人でない者は若干違った解釈で見なければならない。
「へっへっへっ……かわいーねぇ、お嬢ちゃん」
「ちょ、ちょっと!どいてください!」
「やーだよー。もっと君みたいな可愛い子ちゃんと密着したいなー、なんちゃって」
「公務執行妨害ですよ!いいえ、婦女暴行になりますよ!」
「キミみたいなレディのためなら罪も甘んじちゃいます……ヒィック」
「わ、わたしは……な、なにするつもりです?」
「地球式の愛情表現も覚えちゃったんだよー。ほーら、おにーさんがキスしてあげるよぉ」
「やめてください、やめ……いやぁっ!」
「ほーら、ブチュッとねブチュッと……」
ガチッ。
「逃げちゃダメだってばぁ。今度こそブチュゥゥゥッと……」
「あーもう!ダンタロさん、何とかしてください?」
操縦席では弾太郎が頭を抱えていた。
「見た目は戦闘みたいだけど……本当は酔っ払いオヤジのセクハラなのか?」
あらゆる状況を想定した戦闘訓練を積んできた。
成績はあまりよくなかったが。
しかし怪獣同士のセクハラに割りこむ訓練など、あるはずがなかった。
なかったけど……
「このままじゃヤバイよ。本当に」
強化ガラス越し、接近しつつある機影を確認した。
援軍ではなくテレビ局の報道ヘリだ、それも三機。
今まで報道関係者がきていなかったのは、他の怪獣出現地点の戦闘の取材に回されていたためだろう。
動きがあったのは空中ばかりではなかった。
コンビナートから離れた地点ではあるが、海岸沿いの路上に車を停め、カメラを向けている連中がいる。
彼らはあくまでも戦闘行為と信じている。
しかし実態は雄が雌を押し倒して、セクハラ行為を強要している図なのだ。
「翻訳機がなけりゃ、そんなの分からないだろうけど。このまま事態が進めば……報道不可能な絵になっちゃうかも」
なにしろ裸のルキィを裸のポケケノが押し倒している状態なのだ。
下手をすれば青少年に悪影響を及ぼすような婦女暴行行為にグレードアップしてしまうかもしれない。
「ダンタロさん、この酔っ払いさんをどうにかしてください!」
『弾太郎、なんとかならんか?銀パト本部からも『恥になるような報道はさせるな』といってきおった』
頭の中にガンガン響くルキィの声と通信機からキンキン響く海人の声で気分がだんだん滅入ってきた。
なんとかしろ、といわれても搭載されているのは犯人運搬用の電磁ネットくらいだ。
これは捕まえた犯人を機体から吊るして運搬するためのもので、微電流で神経に干渉し金縛り状態に置くことができる。
しかし動きまわる敵にひっかぶせるには長さも広さも足りない。
「まったく、武器もないのにどうやれって……」
空っぽの武器リストを表示させてる画面のとなり、旧式なレバー操作式の装置が目に入った。
それは武器ではない、武器ではないが……。
「これなら、なんとかなるかな?」
考えているヒマはなかった。
弾太郎は右手で操縦桿を握りつつ、左手をレバーに伸ばした。
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