窓際の夢

桜瀬悠生

無口な少年

 ある日、彼はとてつもなく無口だった。


 ずっと黙ったまま下を向いていて、


 僕らが話しかけても返事をしない。


 感情を失ってしまったかのように無表情で、


 何を考えているのかもわからない。


 いつもはおどけた調子で馬鹿なことばかり言って、


 僕らのことを笑わせてくれるのに。


 それだけに、ひと言も発さない彼は別人のように感じられた。


 大人だったなら、そんな彼のことを心配したのだろう。


 何かあったのか聞いただろうし、ほっときはしなかったはずだ。


 だけど、まだ小学生だった僕らは、すぐに自分たちの日常に戻った。


 あいつ今日変だな。


 ほっとこうぜ。


 そんな言葉で、すべてを片づけて。


 次の日、彼はいつものおしゃべりに戻っていた。


 おどけた調子で馬鹿なことばかり言って、僕らのことを笑わせてくれる。


 昨日の姿なんて、まるで嘘だったかのように。


 僕らも昨日のことなんて忘れて、みんなで笑ってみんなで遊んだ。


 そんなことが、いったい何度あっただろう。


 そのたびに僕らは忘れて、いつもの日常に戻っていった。


 いまの僕には、わかる気がする。


 彼にとっての「嘘」は、どちらだったのか。


 偶然、ふたりきりになった教室。


 寂しそうな笑顔が、いまも忘れられない。

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