第117話 その後について②~sideクラリス~
「そういえば、あのオバさん。まだクラリス様にご執心ですの?」
あのオバさんというのはテレス妃のことね。
テレス妃ねぇ……。
私はハーブティーが入ったカップをソーサーの上に置いてから、デイジーの質問に答えることにした。
「今の所は何も。多分、私が無人島公爵夫人の生活に耐えられなくなって、泣きつくのを待っているのでしょうね」
「あのオバさんでしたら、無人島公爵夫人の座なんて一秒でも耐えられないでしょうし、その名前を掲げているだけでも屈辱ですものね。クラリス様も同じ考えだと、思い込んでいらっしゃるのね」
「あの人とは全然価値観が違うんですけどね。それに今、王太后となって随分と舞い上がっているみたいだから、支持者へのご挨拶や、外国の要人たちのご挨拶に忙しいみたいね」
聞くところによるとテレス妃は事あるごとにお茶会を開き、周囲には若くて美麗な貴族たちを侍らせているのだとか。
……いやね、こっちも身構えていたのよ? エディアルド様を暗殺する刺客とか来るんじゃないか、とか。
もちろん来たとしても、返り討ちにしてやりますけどね。こっちは魔族や魔物を相手にすることを想定に、スキルを磨いてきているのよ? 暗殺者だろうと何だろうと人間相手に手こずるわけにはいかないのよ。
ただあれ以来、こっちに絡んでくる様子はないわね……テレス妃は今、とにかく楽しいことが最優先みたい。
結局、テレス妃がエディアルド様を亡き者にしようとしたのは、自分の息子が王になるには、彼の存在が邪魔だったからだ。
息子が王になった今、目的が達成されてしまったので、無人島公爵となり無力となったエディアルド様を積極的に殺そうとは思っていないのだろう。
王族を殺すのもリスクを伴うというのもあるものね。
先王様が殺害された今、王室もかなりピリピリした状態。城内の警備も以前よりかなり強化されている。テレス妃の部屋にも厳重な警備体制が敷かれている上に、四守護士も順番に見張っている状態。自分が守られているのはいいけれど、下手な動きができないというのも現状なのだろう。
するとアドニス先輩が、思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、ウチの間者の話によりますと、いつもは社交界に積極的な王太后が、ユスティ帝国の使者が来た時だけは、何故か体調不良で休んだそうですよ。実際のところ、仮病だったようですが」
エディアルド様はその報告を聞いて眉をひそめる。
「テレスはユスティの呪術師を雇っているからな……それと関係しているのか……いや、でも一呪術師を、皇帝の使者が探しに来るとは思えないが」
たまたま本当に体調不慮だったというのなら話は分かるけど、仮病を使っていたみたいだから、やっぱり敢えて避けたってことよね。でも王太后の仮病を知るクロノム公爵側の間者って、相当中心部にまで潜り込んでいるのね。
「その件につきましては、父も調べている所です。バートンに呪いをかけた呪術師の情報も今、かなり集まってきていますので、じきに潜伏場所を特定することができると思います」
「クロノム家の情報網は大したものだな」
エディアルド様はそう言って、ハーブティーを一口、二口と飲んで息をつく。
久しぶりに落ち着いたエディアルド様の顔を見ることができたわね。
ここは私たちにとって第二の家みたいなものだものね。
ここで沢山のことを一緒に学んだわよね。
ジョルジュとヴィネは、仲よく一緒にキッチンで焼き菓子を作っている。
部屋にはそこはかとなく、甘い匂いが漂っていた。
ジン君はお茶のお代わりを入れるべく、空になったポットを下げて台所へ向かう。
今度はどんなお茶を淹れてくれるのだろう?
「ところで外国旅行へ行くって本当ですの?」
うきうきした声で尋ねてくるのはデイジーだ。
あれ……何だか皆の目が輝いている。
何、その期待に満ちた眼差しは。
エディアルド様は頬を掻いて言った。
「外国とはいっても隣の国だぞ? クラリスと共に行く予定だ」
エディアルド様は隣国のユスティ帝国へ、私と共に旅に出ることを皆に報告した。
すると目に炎を宿し、声を上げた騎士が二人。
「「是非お供させてください!!」」
アーノルド陛下の即位を機に、実行部隊副隊長の座を辞したソニアとウィストは声をそろえて言った。
元々私やエディアルド様の専属を希望していた彼らは、かなり前から副隊長の引き継ぎを済ませていた。
今は自由の身である二人は迷いもなく私たちの護衛を申し出てきたのだった。
「外国旅行ですって、お兄様。私たちも行きましょうよ」
「良い考えだな、妹よ。しかし、お父様を説得するのは容易なことではない」
「大丈夫ですわ。今度の誕生日プレゼントに旅行をお願いします。お父様は誕生日には私のお願いを何でも聞いてくださいますから」
「ははは、この調子で結婚もお願いすればいいじゃないのか」
「んもう!お兄様ったら!」
さらにデイジーとアドニス先輩の兄妹が旅の同行を申し出てきた。そうなってくると、その場にいるコーネット先輩も黙ってはいない。
「どうか私もお供させてください。これからの商品開発のためにも、様々なアイテムを手に入れたいと思っていたところですから」
コーネット先輩の眼鏡はキランと光っていた。
ユスティ帝国は軍事国家だけに、武具や防具、魔石や薬の原料となる薬草などの物流も盛んなの。
私も新しい魔術師の杖が欲しいし、魔術や、あと呪術に関する本も欲しいわね。
「旅なら、俺が専門だから案内は任せろよ」
焼き上がったクッキーを持ってきたジョルジュが拳で胸を叩いて言った。
ジョルジュは宮廷魔術師になる前は、あちこちの国を放浪していたらしい。宮廷魔術師になってからも、休暇中は旅に出ることもあったのだとか。
ジョルジュまで案内人として名乗りを上げると、ヴィネが拗ねたように口をとがらせて言った。
「ジョルジュばっかりずるいわ。私も行く」
「僕もいきたーい!!」
ジン君も嬉しそうに両手を挙げてアピールをしている。
師匠たちは一家総出で付いて行くつもりのようだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。危険なダンジョンにも挑む予定なのに、ジンまで連れていくわけには……」
エディアルド様の言葉に、ヴィネは軽く手の平を横に振って笑う。
「あんた達がダンジョンに行ってる間は、観光でもしているから。ジンも初級魔術は一通りきわめているからね。炎だけだったら中級クラスだし。その辺の魔物なんかすぐ焼き払ってしまうさ」
ジョルジュに教えて貰っているらしく、ジン君は最近薬学だけじゃなく、魔術も勉強しているらしい。
もうすぐ六歳になるんだっけ? その年で初級魔術を極め、しかも炎だけなら中級クラスだなんて、凄すぎるわ。
まさかこんな団体旅行になるなんて予想外。でも皆で過ごしたアマリリス島の楽しい一時を思い出すと、それも悪くないかな。
それに旅の経験が豊富なジョルジュが付いて来てくれるのは、とても有り難い。
「ユスティ帝国には珍しい薬草が沢山売っていると聞いていますわ」
デイジーが手を組み、目をキラキラさせる。
コーネット先輩も眼鏡を押し上げながら隣のアドニス先輩に言った。
「ユスティ帝国の離島にはまだ未発見の魔物がたくさんいるそうだよ、アドニス」
「いいね。僕はユスティ帝国の拷問器具を見て見たいな」
アドニス先輩、綺麗な顔して怖いこと言っている。
皆で行き先を話し合う今の時間も、正直楽しくてしょうがない。前世の学生時代を思い出すわね。
「ホテルが多いのは、帝都マリベールの中心街だな。安いのから高いのまでピンからキリまである。でも、外国人街の方が、大きくはないが設備が整ったホテルが多い」
ジョルジュは、帝都の中でも特に、宿が多い地域を教えてくれる。
ハーディン王国には貴族の子女が安心して泊まれる高級ホテルはまだない。建設案は出したんだけどアーノルド陛下が反対したみたいね。贅沢な宿泊施設は税金の無駄だといって。
しかし他の国では外貨を積極的に獲得する為にも、宿泊施設に力を入れている国はいくつもあるらしい。
ジュースやワインの瓶をテーブルの上に置きながら、ヴィネはじろりとジョルジュを睨む。
「変に詳しいのね。ジョルジュ」
「ヴィネ、その疑いの目はやめろ。宮廷魔術師になる前は俺もあらゆる国を回っていたんだよ」
「本当に一人?」
「本当だって」
ジョルジュ、頑張って口説き倒したのが報われたみたいで、ヴィネはヤキモチをやくようになっていた。
二人が幸せそうなのは何よりだわ。ヴィネが聖女を殺す毒薬を作ることもなくなったし、ジョルジュが聖女の為に命を投げ出すこともなくなったの。
ジョルジュはさらに旅行のプランを提案する。
「外国旅行は優雅なリゾートコースがいい?それともスリルがあってついでに旅費もかせげる冒険者コースがいい?」
「「「冒険者コースでおねがいします」」」
「――――全員意見が一致かよ」
皆のやる気に、少し引いているジョルジュに、エディアルド様は息をついてから言った。
「俺たちは別に遊びに行くわけじゃないからな。冒険者コース一択だ」
「一国の箱入り王子の言葉とは思えないぜ」
「もう元王子だ」
私たちには勇者の剣を手に入れる目的があるものね。
でも危険な冒険ばっかりだと疲れてしまうので、のんびり休暇する日も入れたらどうか、とジョルジュが提案した所、全員が賛同した。
心と体を休ませる日もないといけない。特にエディアルド様は一生懸命になりがちだしね。
いざ敵と戦うときになって、身体を壊してしまったら元も子もないからね。
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