第33話 ヒロインは設定を重視する(?)①~sideミミリア~

 私の名前はミミリア=ボルドール。


 前世の名前は中辺ミコ。ごく普通のサラリーマン家庭の娘として生まれた。

 両親も兄弟も平凡な容姿なのに、私だけ突然変異のように可愛く生まれた。

 皆、可愛い、可愛いって私のことをとても褒めてくれた。二人のお兄ちゃんは私の取り合いをするくらいだった。


 学校でも男の子に告白されることが多くって、一部の女の子からは妬まれたりもした。

 だけど苛められそうになったら必ず守ってくれる男の子がいたし、先生も私の味方をしてくれたから、可愛くて苦労したってことはそんなになかった。



 せっかく他の人たちよりも可愛く生まれたのだから、私は平凡な人生で終わりたくなかった。

 この容姿を生かすには芸能界しかない! 格好いい俳優さん、おもしろいお笑い芸人さんと知り合いになりたい。

 最後にはイケメン社長と結婚!

 そんなことを夢見ながら芸能オーディションに応募した。

 でも、世の中ってそんなに甘くなかった。

 オーディションの舞台に立つどころか、書類選考で落選してしまった。 

 勝ち残った子を雑誌で見たけれど、私と同じぐらい可愛い子の写真が沢山写っていた。

 私はモデルになれるほどスタイルがいいわけじゃない。バラエティで活躍できるほどキャラが立っているわけじゃない。


 「役者を目指したら? 結構向いてると思うよ」

 

 と友達には言われたけど、役者って稽古が大変じゃない。舞台監督に怒鳴られたり、先輩に注意されたりとか……そういうイメージがあるから嫌!

 そう言うと友達は苦笑いをして、私に一冊の本を薦めてきた。


「まぁ、とりあえずこの本でも読んだら? 私、今ハマってるんだ」

「小説? あんまりそういうの読まないんだけど」

「ミコでも読みやすい文章だよ」

「ミコでもってどういうこと!?」

「あははは、ごめんごめん。でも、本を読むのもいいことだよ。読むことで恋愛した気分にもなれるし、冒険した気分にもなれる。一冊の本の出会いが考え方を変えてくれる可能性もあるんだから」

「ふーん」


 本について熱心に語る友達。地味でお人好しな子。いっつも私の引き立て役になっているんだけど、そんなことにも気づいていない。

 本さえあれば彼女は幸せみたい。だけど、彼女は私のことを一つも妬まないから、一緒にいて居心地が良かった。

 渡された本を見ると綺麗なイラストだ。

 文章も分かりやすくて思った以上にサクサクッと読むことができた。


 “運命の愛~平民の少女が王妃になるまで~”


 主人公アーノルド王子が、平民少女ミミリアに恋する話。だけどその王子様には婚約者がいて二人の恋は困難を極めるの。

 ヒロインはヒロインで、可愛すぎるものだからアーノルドの異母兄、エディアルドにも好かれてしまう。こいつ、顔はいいんだけど馬鹿なのよね。性格も悪いし。

 あと魔術の師匠であるジョルジュ=レーミオや、宰相の息子、アドニスにも好意を寄せられるようになる。

 小説だけど乙女ゲームのような展開なのよね。ゲームだったら誰とハッピーエンドになるか選べるんだけどな。

 

 あらゆる困難を乗り越えてアーノルドとミミリアは結ばれる。

 平民から王妃なんてシンデレラみたいで素敵な話。主人公とヒロインが幸せになって良かった。

 

 私もミミリアみたいに前向きに生きないとね。


 前向きに生きていた矢先、車に轢かれて死んじゃったけどね。

 

 そして生まれ変わったのが平民の娘、ミミリア。

 何とあの小説の主人公に生まれ変わってしまっていた。

 しかも両親は平凡な顔、兄弟も平凡な顔、そしてやっぱり私だけ可愛く生まれて……前世と同じような家庭環境だった。

 前世と大きく違うのは、私が聖女に選ばれたこと。

 ある日、神託を聞いたという神官が私の家にやってきて尋ねたのだ。


「ここに薔薇型の痣を持った未婚の女性はいないか、と」


 私には生まれつき、手首に薔薇の形をした痣があった。

 前世の記憶が蘇る前はコンプレックスだった痣だったけれど、これは私がヒロインである絶対的な証だ。

 


 聖女に選ばれた女性は、王族のお嫁さんになることが多い。

 王族からしたら聖女の凄い力を手元に置きたいから。

 神官は私がいずれ王族の誰かと結婚すると予想して、男爵家の養子になるように言ってきた。

 そこで貴族のマナーとか習うといい、と言われて。

 今まで平民として暮らしてきた私が貴族として務まるのか、家族は不安だったみたいだけど、私は迷いもなく男爵家の養子になることを受け入れたわ。


 私を迎え入れた男爵夫妻は吃驚するほど優しかった。

 二人ともおじいちゃん、おばあちゃんなんだけど、子供を授かることが出来なかったから、私という可愛い子供ができて凄く嬉しかったみたい。

 小説でもミミリアは男爵夫妻にすっごく可愛がられているのよね。

 特に夫人は女の子が欲しかったみたいなので、綺麗なドレスや宝石をたくさん買ってくれたわ。

 ボルドール男爵も「礼節は追々学校で習えばいいから」と言って、私のことを実の娘のように可愛がってくれた。


 そして私は王立ハーディン学園に入学。

 Bクラスになった。

 ここまでは小説の設定通り。

 物語の筋書き通りにすすめるには、最初はエディアルドとの出会いからはじめなきゃ。彼は私とぶつかって一目惚れするというのが、物語の筋書きだ。


 そうそう、ヒロインって主人公の前に悪役と出会っちゃっているんだよね。エディアルドに強引に迫られるところを助けられるというのが主人公との最初の出会い。 次がクラスメイトの女子に苛められているところを助けられたのが二度目の出会い。

 そんなヒーロー、アーノルドにミミリアは惹かれていくのよねぇ。


 とにかく筋書き通りになるように、まずはエディアルドとぶつからなきゃ!!


 そう思っていたのに、なかなかその時が来なーい。

 授業初日にぶつかりかけたことがあったのだけど、あからさまに向こうから避けるんだもん。

 目と目がばっちり合ったから、私に一目惚れしたと思ったのに。

 私のことを気にも掛けていないようだった。


 それどころか、しばらくして分かった事だけど、エディアルドは既にあのクラリスと婚約していたの。

 その時点で小説と全然違う。何で筋書き通りじゃないの!?

 クラリスの婚約者はアーノルドでしょ!? 

 Aクラスの人にそれとなく尋ねたら、アーノルドはクラリスのことを嫌っていたので、見合いの場であるお茶会に参加しなかった。そこまでは小説と同じだからいいんだけど。

 問題はそれをいいことに、エディアルドはクラリスを自分の婚約者にしてしまったこと。

 だから結局アーノルドとクラリスの婚約は成立しなかったみたいなの。

 ……って、何それ!? 何、悪役王子と悪役令嬢が勝手にくっついているのよ。

 小説だとエディアルドだってクラリスのことを「冷たい女だ」って、ひどく嫌っていた筈。お茶会にも参加していなかったじゃん。

 それなのに何!? 


 それとなくAクラスの教室を見たけど、エディアルドとクラリスは席が隣同士。どこから見ても幸せな恋人同士にしか見えないくらい仲よく話をしている。

 し、しかもエディアルド……よく見ると凄く格好いい。た、確かに小説でも顔だけはいいって描写があったような気がするけど、挿絵よりも何十倍もカッコよくない!? 

 クラリスと楽しそうに笑い合うエディアルドの笑顔。その笑顔はクラリスに向けられるものじゃない。私に向けられなきゃ駄目!!


 駄目……このままじゃ小説と違う展開になっちゃう!


 こうなったら強引に、私とエディアルドの出会いを作るしかない。

 エディアルドは私に一目惚れしなきゃいけないんだから!!



 学校にいる間ほとんどクラリスとべったりだったから、なかなかチャンスが来なかったけれど、ある日エディアルドがクラスメイトと共に、中庭で剣の稽古をしている所をみかけた。

 チャンス!! 

 忘れ物を取りに行くフリをして彼とぶつかっちゃえ。

 一緒に連れている小さい騎士がいるのは余計だけど、でもとにかく、私の顔を見せて一目惚れをさせたらいいんだもん。

 学校の予鈴が鳴った瞬間、私は校舎から飛び出してエディアルドにぶつかった。


 物語通りなら彼は私に一目惚れをする筈。

 今の自分は前世の自分より数倍美人で可愛いって自覚はある。

 既にクラスメイトからも何人か告白されているんだから、彼だってきっと……。


「一体どういうつもりだ。わざわざ俺にぶつかってくるなんて」


 彼にタックルしてから、その場に尻餅をついていた私は、ぎょっとして顔を見上げた。

 そこには冷ややかに私を見下ろすエディアルドがいる。

 え……一目惚れ、しているんだよね? 

 何でそんな怖い顔でこっちを見ているわけ? 


「王子を狙う暗殺者かと思って、危うく叩き斬るところだった」


 横にいる騎士が、無邪気な笑顔で怖いことを言っている。

 本当に剣を抜きかけているしっっ!!

 エディアルドは大きな溜息をついてから、私を助け起こした……なんか、嫌々助け起こしている感じがするのは気のせい? 


「あ、あのエディアルドさま」

「殿下」

「え?」

「俺は君に下の名前で呼ばれるほど仲よくなった覚えはない。下の名前で呼ぶのなら、殿下という敬称をつけるんだな」

「な、何でよ。様だってりっぱなケーショー(敬称)でしょ?様と殿下の何が違うわけ?」

「王族を下の名で呼ぶ場合、親しい者のみ“様付け”が許されている。親しくない人間が王族を下の名前で呼ぶ時は、敬称は殿下と決まっている。貴族の行儀作法で習わなかったのか?」

「習ってないし、何で私は“さま付け”が駄目なのよ。これから親しくなるかもしれないじゃない」

「分からない? 端的に言えば、君には馴れ馴れしく名前で呼ばれたくないってことだ」

「――――!?」


 ちょ、ちょっと待って。

 その台詞はアーノルドがクラリスに対して言った言葉じゃなかったっけ? ? ? 

 なんで私が馬鹿王子にそんな風に言われなきゃいけないわけ!?  

 腹が立つっっ!! いいもん、別に馬鹿王子の気を引きたいわけじゃないんだから。


「ミミリア=ボルドール、今後は一切俺に関わらないでくれ」


 え……? 

 エディアルドがどうして私の名前を知っているの? 

 あ、もしかして、私のことは前からチェックしていたってこと? 

 何だ、そういうことか。

 あんな冷たいことを言っているけど、結局は私のことが気になるってことか。エディアルド=ハーディンがツンデレキャラだったなんて意外。

 思っていたのと違うけど、彼は私に惚れている。

 ちゃんと筋書き通りになっているから良し! 

 エディアルドはもう落ちたも同然だから、今度はアーノルドとの出会いを果たさなきゃ! あ、その前に私の推しでもあるジョルジュとの出会いが先か。 だけどそうなると彼に弟子入りしなきゃ駄目なんだよねー。

 魔術の勉強は嫌! 超めんどくさい。

 魔術って思った以上に難しいんだもん。本も読んだけど全然頭に入って来ないというか。

 別にあとの出会いは小説の順番通りじゃなくてもいいよね。

 やっぱり王道からはじめよっかな。アーノルドとの出会いのシーンから進めて行こっと。待って……後々宰相になるアドニスをチェックしてからでも遅くないか。

 

 うーん、誰にしようか迷っちゃうなぁ。


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