第31話 悪役令嬢は学園生活を満喫中②~sideクラリス~

 私がソニアとデイジーという友達が出来た一方、エディアルド様もクラスメイト達と積極的に関わっているみたいだった。

 小説のエディアルド=ハーディンは常にクラスメイトを見下していた描写が書かれていたけれど、現実のエディアルド様は何から何まで違う。

 

「ウィスト=ベルモンド、良かったら俺と手合わせ願えないだろうか」


 ウィスト=ベルモンド


 小説ではたった一人で、魔族の軍勢を半壊させた人だ。だけど身分は騎士爵で、爵位はあっても貴族の一員とは見なされない。

 ウィストの家は平民だけど、父親は騎士爵を授与されているので、学園に通うことができる。将来、騎士として王族や貴族の家に仕えるのに、礼節を学ぶ必要があることから、平民ながらも貴族の学校に通うことが許されているのだ。

 しかし騎士爵は戦でよほど活躍でもしない限り、他の貴族たちから見下されることが多い。

 小説の筋書き通りだったら、間違ってもエディアルド様から声をかけるなんてこと、有り得ない。


 ブラウンの髪の毛と瞳の色。身長は約百八十センチぐらい。背は高くて、鍛え抜かれた身体が服越しでも想像できるくらい精悍だ。

 本人も師匠である父親にしか剣技を教わっておらず、騎士団に入団したものの、身分が低いため軽んじられていて、誰もその実力を知る者はいなかった。


 

 教室の中がざわめいていた。

 騎士団屈指の実力者であり、四守護士と誉れ高い、ガイヴ=ハリクソンがクラスメイトの中にいるというのに、彼を差し置いて、エディアルド様が声を掛けたのは、何の実績もない騎士爵の息子だ。


「あんな平民に何が出来るんだか……」


 ガイヴ=ハリクソンが苦々しく呟く。彼は当然、最初に声をかけられるのは自分だと思っていたのだろう。

 だけどガイヴは既にアーノルド殿下に忠誠を誓っている。もしエディアルド様に声を掛けられたとしても、アーノルド殿下の名を盾に嬉々として断っていたと思う。小説でもそんなワンシーンがあったしね。

 それでも身分が低くて、名も無い騎士である人物に先を越されたのが、よほど悔しかったのだろう。

 ウィストはウィストで「本当に自分で良いのか?」と言わんばかりに、自分のことを指差している。

  

「俺は君と手合わせしたいんだ。もし差し支えなかったらよろしく頼む」

「差し支えなど……滅相もございません!」


 ウィストは頬を紅潮させてから、声を弾ませて言った。

 二人は共に校内にある中庭へ出た。

 中庭は青々とした芝生が広がる憩いの場。

 生徒たちはボール投げやランニングなど、運動に興じたり、あるいは寝転がったりと思い思いに過ごしている。

 エディアルド様たちは近くに人が居ない場所を確保し、お互いに向き合った。

 ぶつかり合う剣と剣。

 二人とも真っ正面から相手に斬りかかってきた。

 剣と剣の押し合いが続くけれど、埒があかないと踏んだのか、いったん距離を置くべく、お互い後ろへ飛び退いた。

 連続で斬りかかってくるエディアルド様を、ウィストはすかさず受け流す。


 剣のことは良く分からないけれど、何だかとても見応えがあるわ。

 気が付くと、他のクラスメイトも教室の窓から二人の稽古風景を眺めていた。


「やるな、ウィスト=ベルモンド」

「エディアルド殿下もああ見えてかなりの使い手だからな」


 あ……ちゃんとエディアルド様のことを認めているクラスメイトもいるのね。

 ほっとする一方、四守護士のガイヴは苦虫をかみつぶした様な顔をしている。

 そんなに苛つくなら、二人の稽古見なきゃいいじゃない。忠誠を誓ったアーノルド殿下の顔だけ見ていなさいよ。


 この日以降、エディアルド様とウィストは昼休みのたびに剣の稽古に励むようになり、それを見学するギャラリーも日に日に増えていくのだった。


 ◇◆◇

 

「クラリス様、これ私が焼いたクッキーですの。良かったら食べてくださいませ」

「クラリス様、こちら私が作ったポーチですが良かったらお使いください」

「クラリス様、我が家の庭で育てた(レアな)薬草、良かったらお使い下さい」



 学園に入学してから一ヶ月。 

 最近クラスメイト達が私に声を掛けてくるようになった。

 そしてお礼の品を貰うことが多い。

 というのも、熱中症で倒れたクラスメイトに治癒魔術をかけたり、素行の悪い貴族の子弟にからまれている令嬢を助けたり、肌荒れに悩んでいる令嬢に塗り薬を作ってあげたりと、まぁ小さな親切を繰り返した結果なんだけど、何だかわらしべ長者にでもなった気分だ。


 善行を重ねたお陰か寮にもクラスにも友達が出来て、特に仲がいいのは女性騎士のソニア。公爵令嬢のデイジーだ。

 小説だとクラリスと敵対する筈だったキャラ達と一番仲よくなるとは思わなかった。


 メガネっ娘のデイジーは、見かけ通りかなり勉強熱心な娘だ。勉強だけならSクラスに所属しても可笑しくないのだけど、Sクラスは文武両道の上、魔術も優れていなければならない。

 デイジーは魔術が苦手らしく、Aクラスになってしまったらしい。私は本来Sクラスだったらしいけど、担任の先生に内々に言われたの。

 エディアルド殿下に勉強の手助けをして欲しいって。入学テストの時、エディアルド様の成績はかなり悪かったみたい。だけど、王族がBクラス以下というわけにはいかないので、Aクラスに在籍させているのだという。

 王子の教育を婚約者に丸投げってどうよ? とは思うのだけど、実際のエディアルド様はかなり勉強が出来る人だったので、私の手助けは必要なかった。

 エディアルド様、入学テストの時は身体の調子でも悪かったのかしら? 前世の私も英語のテストの時にお腹壊して、成績が散々だったってことあったから。

 デイジーとソニアと共に、クラスメイトから頂いたクッキーを食べていた所。


「あ、今日も殿下がウィストと稽古していますね」

「彼のこと、知っているの?ソニアは」



 男性を下の名前で、しかも敬称もなく呼ぶのは、よほど親しい仲であることを示している。

 尋ねる私にソニアは少し照れたように指で頬を掻きながら説明をする。



「家が近所の幼なじみなのです。それにウィストの父親から剣術を習っていたもので、兄弟弟子でもあるのです」


 へぇ、意外な人間関係。

 小説にそんなこと書かれていたっけ? エディアルド様がウィストと稽古しているというのも、小説の筋書きにはない展開だもんね。

 この世界は登場人物こそは小説と同じだけれど、筋書き通りに進んでいる部分と、そうじゃない部分があるみたい。

 そういえば、ヒロインも入学している筈。

 筋書き通りなら、とっくにエディアルド様との出会いのシーンになる筈だけど、まだそのシーンは訪れていないのか、エディアルド様はいつも通り私に優しいし、一目惚れして心ここにあらずということもない。

 次の授業の予鈴が鳴ったので、エディアルド様とウィストは稽古を止めた。

 あああ……タオルで汗を拭うエディアルド様、超絶素敵。

 二人はなにやら話をしながら校舎へと戻って行く。


 その時。


 向かいから一人の女生徒が走って、エディアルド様にぶつかってきた。

 私はハッと目を見張る。

 後ろ姿からして、とても華奢で可憐だ。

 顔は見えないけど、波打つピンク色の髪の毛はまさにヒロインのトレードマーク。

 

 まさか、彼女がミミリア=ボルドール!?



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