08

「フェール」

図書館長室の前で声を掛けられ、フェールは振り返ると眉をひそめた。


「殿下……何の用です」

「水くさい奴だな。私も一緒に行くと言っただろう」

「殿下は仕事があるのでしょう」

「後でやれば問題ない」

つかつかと歩み寄ると、ユークはロゼの前に立った。

「やあロゼ、元気かい」

「は、はい……」

「何だ、まだ緊張しているのか」

「殿下」

フェールはロゼの顔を覗き込もうとしたユークの襟元を掴んだ。

「妹に近づかないで下さい」


「フェール。お前の過保護っぷりは耳に届いているぞ」

ユークはニヤリと口角を上げた。

「ロゼに接触したがる連中を牽制しまくっているそうだな」

「大事な妹ですから。当然です」

「とんだ兄馬鹿だな」

「何か問題でも?」

「……殿下」

こほん、と咳払いをしてオリエンスが口を開いた。

「本当に、仕事が溜まっているので……」

「それは会議を長引かせた年寄りどものせいだろう。苦言ならあいつらに言え」

そう返すとユークは館長室の扉を開いた。


「今日は大人数だな」

相変わらず本に埋もれていたランドは目線だけを上げて一同を見た。

「殿下も一緒か」

「悪いか」

「いや。ちょうどいい、面白いものを見つけた」

立ち上がると、ランドは一同が腰を下ろした中央のテーブルに一冊の本を置いた。

「これは?」

「一番新しい渡り人の記録が載っている。といっても二百年前だが」


「渡り人?」

本を手に取ったユークがランドを見上げた。

「何だ、殿下は知らないのか」

「……ああ、説明していない」

「何の話だ」

「――ロゼは領地で伏せていたのではなく、幼い頃に別の世界に飛ばされて、そこから最近戻ってきたんです」

訝しげなユークの視線を受けてフェールは言った。

「……は? 別の世界?」

「ごく稀にそういう例があるんだ。ここから別の世界に渡った場合は調べようがないが、こちらへ渡ってきた記録はある」

「そんな話聞いた事がないぞ」

「本当に稀な出来事だからな、だが……」

ランドはユークが持つ本を指差した。

「そこにある記録は我々に関係ある事だ」


「関係あるとは」

「二百年前、一人の女性が別の世界からやってきた。当時この国は戦乱の時期で、我々五家の手でそれを終わらせようとしていた頃だ」

ランドは一同を見渡した。

「その女性は我々とは異なる魔力を持っていたらしい。そして戦後フールス家の当主の元に嫁ぎ、その当主が王になった。……詳しい記録はないが、彼女が王の選定に関わっていた事を示唆する記述があった」

「――そんな話、初耳だぞ」

ユークの言葉に同意するようにフェールとオリエンスも頷いた。

「その女性……王妃が異世界からやってきたという事は秘匿されていたらしい。これは私の先祖が書いていた個人の日記なんだ」

「我々とは異なる魔力とはどんなものなんだ?」

「それについては書かれていないが、彼女の事を〝光の乙女〟と表現している箇所がいくつかある」

ドクン、とロゼの心臓が震えた。


(光の乙女って……ゲームのタイトルと同じ?)

ルーチェの顔が頭によぎる。

確か光の乙女とは、ヒロインを指していたのではなかっただろうか。……ルーチェ・ソレイユという人間はこの世界の生まれだけれど、中身は……。

「魔力を持っているんじゃ、ロゼがいたのとはまた別の世界から来たのか」

オリエンスが言った。

「その世界の事は分からないのか」

「残念ながら記録は見つからなかった」

「つまり異なる世界はいくつかあるという事か……」


「オリエンス」

ユークはオリエンスを見た。

「お前も知っていたのか。ロゼが別の世界とやらにいた事を」

「あ……ええ。というかロゼが現れたのは我が家の庭で……」

「ほう、お前たちはそんな重大な事を私に黙っていたのか」

ユークが怪しく目を光らせた。

「……いえ、そういうつもりでは……」

「ある程度調べてから報告しようと」

「ふん。――気分が悪い」

ガタンと乱暴に音を立ててユークは立ち上がった。

「殿下」

「戻る。今日は仕事も終わりだ」

「……殿下!」

部屋から出て行くユークを慌ててオリエンスが追いかけていった。


「いつまでも子供だな」

呆れたようにため息をつくと、ランドはユークが座っていたソファへ腰を下ろした。

「王があれじゃあ苦労するな、未来の宰相殿」

「――全くだ」

フェールは深くため息をついた。

「監視する立場のオリエンスは何だかんだ甘やかすし」

「アルジェント家は相変わらずだしな」


「アルジェント……公爵家?」

首を傾げて兄を見たロゼにフェールは頷いた。

「将軍を務める家だが、兄弟仲が悪いんだ」

「兄のディランは魔力がないが、弟のヴァイスは色持ちだからな。逆だったら良かったのだが」

「……どうしてですか?」

フェールの説明を継いだランドにロゼは尋ねた。

「この国では長男が跡を継ぐのが基本だが、周囲は色持ちであり騎士団長として評価の高い弟のヴァイスに継がせたいと思っている、だがディランからすれば気に入らないんだ」

「そうなんですね……」

ロゼはゲームの最初の部分で会った、ヴァイスの紫色の瞳を思い出した。

騎士団長という肩書きを持つくらいだから強い人のはずなのだけれど……その瞳はどこか寂しそうだった。


「お前はいい方向に変わっているようで安心したよ」

ランドはフェールを見た。

「何がだ」

「心がないんじゃないかと思うくらい冷淡だったが。ロゼが戻ってきてから人間らしくなったな」

フェールとロゼは顔を見合わせた。

「……そうだな。ロゼが消えた後の世界は色のない、つまらないものだった」

「お兄様……」

「だからって人前でいちゃつくな」

――反動でロゼの負担が増えなければいいが。

ロゼを抱き寄せ頭にキスを落としたフェールに、ランドはため息をついた。

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