06

十三年ぶりの屋敷は、記憶は朧になっていたけれど懐かしさを感じさせた。


「ロゼ……!」

女性が駆け寄ってくるとロゼを抱きしめた。

「ああ、本当に……帰って来てくれるなんて」

「……お母様……」

「すっかり大きくなって……」

息苦しくなるほど母親に抱きしめられて視界が涙で滲みそうになるのを堪えながら、ロゼは傍らの男性を見上げた。

「お父様……」

「無事で良かった。オリエンスの話を聞いた時はまさかと思ったが」

成長した愛娘の姿に公爵は目を細めた。

「本当に、良かった」

「……ご心配をおかけしました」

記憶にあるよりも歳を取ってしまった両親の顔を交互に見ながらロゼはそう言って笑顔を向けた。


ロゼの部屋はそのまま残されていた。

しばらく休むようにと言われたが、雫の感覚からすると豪華で広すぎる部屋は落ち着かなく感じる反面、ほっとするような懐かしい感覚も覚える。

(……本当に、帰ってきたんだ)

ソファに腰を下ろすとロゼは複雑な気持ちで室内を見渡した。


兄と会った瞬間、ロゼの記憶が蘇った。

確かに自分はこの世界で生きていた。

それなのに、どうして今まで忘れていたのだろう。ロゼとしての記憶を……家族の事を。

それはとても大切で、愛おしいものだったのに。


この部屋で、身体が弱くいつもベッドに寝ていた幼い頃。家族、特に兄が来る時が唯一の楽しみだった。

会話をしなくともただ側にいてくれるだけで嬉しかった。

少しずつベッドから離れられるようになり、屋敷の庭を散策出来るようになって、そして馬車での移動に耐えられるようになり、初めて帰った領地で――。

あの時の恐怖と痛みを思い出し、ロゼは無意識に自身の腕を抱きしめた。

恐ろしい野犬の顔。

痛みと共に視界を覆った自分の赤い血。

そして感じた兄の魔力と……白い光。

は、とロゼは息を吐いた。

十三年前とはいえ――思い出したばかりの記憶は生々しく、あの時の恐怖心が鮮やかに蘇る。

「……は……ぁ」

呼吸が荒くなった喉元を押さえると、息を吐いて整えようとしたが身体の震えが止まらない。


「……ロゼ!」

バタン、とドアが開く音と共にフェールが部屋に飛び込んできた。

「…………お兄……さま……」

「大丈夫か」

ロゼの隣へ腰を下ろすと、フェールは妹を抱きしめた。

(……そうだ、私が不安な気持ちになると、いつもお兄様が飛んできて抱きしめてくれた)

ロゼの感情に共鳴していたフェールは、いつもロゼに寄り添ってくれていた。

いつでもロゼを優先して、愛してくれた兄。

その兄は……自分の魔力の暴走で妹が消えてしまった後、どうしていたのだろう。

幼い時の優しかった兄と、ゲーム画面の冷たい表情のフェールを思い出してロゼは心が苦しくなった。


「ロゼ」

そんなロゼを守るように、フェールは腕に力を込めた。

「大丈夫だ、何も怖くない」

大きな手がゆっくりと背中を撫でる、その温かさと感触にロゼの呼吸が落ち着いてきた。

ほう、と大きく息を吐いてロゼは兄を見上げた。

「落ち着いたか」

「ええ……ありがとう、お兄様」

「良かった」

笑みを浮かべるとフェールはロゼの頭にキスを落とした。

ロゼの頭にキスをするのは、ロゼが生まれた時からのフェールの癖だった。

十三年の空白を感じさせない兄の態度は、嬉しくもありくすぐったさもあった。


「ロゼ。向こうの世界で辛い思いはしなかったか?」

「いいえ」

「身体は大丈夫だったのか」

「あ……」

ハッとしたようにロゼは目を見開いた。

「何かあったか」

「何も……風邪一つ引かなかったわ」

ロゼの記憶がなかったから疑問に思わなかったけれど、雫はとても健康で、体育の成績はいい方だった。

「本当か」

「――魔力のない世界だったからかも……」

ロゼの身体が弱かったのは、魔力が高すぎるからだ。

魔力がなければ、本来ロゼの身体は丈夫なのだろう。


「それで、今は?」

「今……?」

「ロゼ、手を」

フェールはロゼの手を取ると、自身の手のひらを重ねた。

重なった部分から淡い光が漏れる。

けれど。

「……何も感じないわ」

兄の魔力も、自分の体内を巡るはずの魔力も。

魔力のない世界にいたせいだろうか。

これは一時的なものなのか、それとも……


「身体が丈夫になるのなら魔力などない方がいい」

フェールはロゼの頭を撫でた。

「魔力も魔法も、過去の遺産だ」

かつて、この国が荒れていた時は魔力持ちも多く、魔法を使っての争いも起きていた。

だが今の五家による体制となってからは魔力持ちが現れる事は減ってきているという。

「あの時……激しく後悔した。魔力なんかなければ、ロゼは消えずに済んだのに」

「……お兄様……」

一番大切な存在を己の魔力のせいで失ってしまった。

あの時の喪失感と絶望は、長くフェールを支配し続けていた。

「またこうやってロゼが隣にいる……夢のようだ」

その存在が本物である事を確かめるように、フェールはロゼを抱きしめた。


「お帰り、ロゼ」

「――ただいま……帰りました」

今までの不安を包み込むような温もりに身を委ねるとロゼはそっと目を閉じた。

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