ハードボイルドの独り言(仮題)
観音寺 和
紫煙の行先とガリレオ・ガリレイ
煙草を燻らせながら煙の行き先を目で追う。
立ち昇った紫煙は換気扇の近くで加速し消えていく。
────ハードボイルドには生きづらい世の中だ。
ボギー、アンタの生きてた時代は良かった。
なんで自分の事務所なのに換気扇の下でしか煙草を吸えないんだ?
ベランダでの喫煙は近隣住民からの苦情により禁止?
洗濯物に臭いがうつるんだそうだ。
自分に言わせりゃ最高のフレーバーなんだがな。
望まない受動喫煙も問題たそうだ。
────煙草は体に良くない?
鰻だって焼鳥だって焼肉だって炭火をありがたがってるじゃあないか。
燃えてるのが木か草かの違いだろ?
自称嫌煙家の皆様よ、お前らは鰻に焼肉、焼鳥禁止な。
そんなに煙が嫌いなら、なんでもかんでも煙を出さずに生で食ったらいい。
コーヒーだってそうだ。コーヒーだって焙煎したからこそあの風味がでるんだ。
自分の好みの焙煎の為だけでなく、焙煎の際に出る煙────あの香りを楽しむ為に自分で焙煎器を振るう者も少なくない。
そうでなければ何を好き好んでガスコンロの上で長い時間、腕の疲れと格闘しながら焙煎器を振るうもんか。
匂いは本能に直結していると言うが、コーヒー以外にも、海岸線をドライブした時の海の香り、灼けたアスファルトや懐かしいカストロールの2stオイルの香りにも魅力を感じないのだとしたら人生損していると同情してしまうよ。
それに煙や匂い以外にも目を向けると、世の中は食品や化粧品はオーガニックだの天然由来だの持て囃しているじゃないか。
自分に言わせりゃトリカブトだってベニテングダケだってお前らの大好きな天然素材だし、煙草だって農家さんが一生懸命育ててくれている天然由来の植物性だ。
それらを否定するなら自然食品が健康にいいと
ここまで言っておいて誤解を与えない様にここで一言言っておくが、因みにドラッグ関係、あれは駄目だ。
────絶対ダメだ。
大麻は体に悪くないだのどうだのと騒ぐバカがいるが日本人なら日本の法律を守れ。
────真のハードボイルドが守るべきものは、か弱き隣人とポリシーだ。
法律はか弱き隣人を護るものだ。
だから法律は守るのが当然だ。
三段論法だ、これくらいわかるな?
そうそう!あのアリストテレスのオルガノンだ────おっと、脱線してしまったようだな。
────そうそう、脱線と言えば昔は電車やホームでも煙草が吸えた時代があった。
ファンタジーみたいな話だろ?
────まぁ、はるか昔の世界さ。
────だがそんな中、最近まで近鉄では座席で煙草が吸える車両があったんだぜ?
そんな電車を走らせとくなんて、近鉄の社長は鉄道界の最後のハードボイルドだなと尊敬したもんだ。
そんな喫煙車両も健康増進法なる法律により姿を消した。
ただ、喫煙席こそなくなったが、喫煙ルームは残ったようだがな。
健康増進法の善し悪しを議論する気は毛頭ない。
持論だがハードボイルドだからこそ、法律は守るべきと考えている。
例えて言うなら『後世では悪法と名高い禁酒法と言えども法律は法律だから守るべきだった』と言うのが自分の考えだ。
だから、自分の基準で言えば、映画『アンタッチャブル』のエリオット・ネスは愛すべきハードボイルドであり、禁酒法に逆らったアル・カポネはハードボイルドではないのである。
アル・カポネがマフィアだからとかそう言う毛嫌いでは無い。
映画『ゴットファーザー』のドン・コルレオーネは麻薬取引を許さなかった。
そのドン・コルレオーネのその信念から来る行動はハードボイルドと言っていい。
悲しくもその信念は抗争のきっかけとなってしまうのだが………。
話を戻すが────真のハードボイルドは一市民であり、法律は遵守するべきものなのだ。
だが、一市民と言えども後に引けないシーンが一生に幾度かあるかも知れない。
もしもハードボイルドであっても法律を破らなければならないシーンが有るとするならば、それはか弱き隣人とポリシーのいずれかに危険が及んだ時だろう。
そこはハードボイルドだからこそ引いてはいけないポイントだ。
その点ではアリストテレスの天動説に対して地動説を唱えたガリレオ・ガリレイは宗教裁判の刑罰から逃れるために地動説支持を破棄して自分の意見を曲げた腰抜け野郎だ。
これはハードボイルドではない。
『それでも地球は回っている』と言ったとか言わないとかが議論になるが、自分に言わせりゃ言おうが言うまいがチキン野郎であり、ハードボイルドではない。
ポリシーを捨てた時点でハードボイルドは死ぬのだ。
こんなこと言うと映画アンタッチャブルのラストシーンでのセリフ(以下ネタバレの為削除)に関しては(以下ネタバレの為削除)なのだからポリシーは曲げていない。だからエリオット・ネスはハードボイルドだ────が持論だ。
────あくまでも私見だ。
便所の落書きたと思ってくれていい。
こんな話をすると『それはちょっと違うんじゃないか?』と討論を挑んで来る奴がたまにいるが、基本そういった物は受けないようにしているから注意してくれ。
自分が正しいと思う事に他人の理解は求めるつもりはないからな。
自分は正しいと思えば神様が見ていなくても正しい事をやるだろうし、神様が止めとけと言っても自分が正しいと思う事は止めないだろうね。
『健康の為なら死ねる!』というギャグがあるが、もし、あれを本当に実践している奴がいたらどうだろう?
傍から見たら滑稽だが、本人が至って本気ならば、からかうのではなく、見てみぬ振りをしてやってくれ。
それが正解だ。
自分はその滑稽な奴の事も、見てみぬ振りをしてくれた奴の事もリスペクトするだろう。
お前らは立派なハードボイルドだ。
だから、お前さんは誰にも迷惑をかけないと思っているなら、お前さんの正しいと思う事を信じて突き進んだらいいってわけさ。
回りくどい言い方で申し訳ないが、つまりこちらとしてはお前さん方にポリシーを押し付けるつもりはないから、その代わりこっちの事も放っておいてくれってだけのことさ。
価値観が違う人種同士は交わらないのが正解さ。
無理に交わろうとすればスキットルに入れたハーパーかターキーで胃薬を流し込まなきゃならない羽目になるぜ。
────おっと、なんか慌ただしく助手が入ってきたな。
何か急ぎの依頼でも来たのだろうか。
◆◆◆
………ふん、事件かと思いきや、タイプライターで打った報告書が気に入らないらしい。
今の時代は報告書はデータでの送付が基本だとか何回も説明してるだろって事らしい。
もう一回打ち直す方の身にもなって欲しいですと泣きつかれた。
そんなことはわかっている。
でも自分に言わせれば、タイプライターで作った報告書だって印鑑押して最後はPDFにして送れば良いだけだろう?
その時点でアナログがデジタルデータになり、パソコンだろうがスマホだろうが送ることはできるし見ることも出来るのだから。
それに、カタカナとアルファベットの報告書だって味が有って良いもんだぞ。
それに今どきタイプライターなら偽造防止にもなるしな。
こんな酔狂な事やるのはこの業界と言えども自分だけだろう。
────調べてないがな。
だがもし自分の他に使っている奴がいるのなら、さぞかしクレームに悩まされているだろう。
────もしもクレームが来ない方法があるのなら、その方法をぜひご教示願いたいものだ。
だが今回にしてみればご教示が間に合わないから、こちらが折れるしかないらしい。
まぁ、仕方ない。
助手君の為にも、これからは報告書はタイプライターは使わない事にしておくさ。
汝の隣人を愛せよ────だ。
『汝の隣人を愛せよ』か。
自分以外の全ての人を愛せよとは八方美人もいいとこだ。
────だが、この考え方は嫌いじゃない。
そんな中で少し前に新聞やニュースを賑わしたBLM(Black Lives Matter)はちょっと違うんじゃないかと思っている。
────All Lives Matterなら嫌いじゃないと言えたのだがな。
そう言えばガリレオ・ガリレイはそれまでは学術書はラテン語で書くものと言う常識を破ってイタリア語で学術書を書いたのだそうだな。
行動については、踏襲や迎合ではなく自らの実験で物事を明らかにしていく────それがポリシーなら、結果はあくまでもプロセスの結果であって、ガリレオガリレイに取って重要なのは実験プロセスだったのかも知れない。
それは後世の自分には正確にはわからない部分であるが、そう考えれば、やはりガリレオ・ガリレイの行き方もハードボイルドだったのかも知れない。
◆◆◆
────さて、そろそろ次の仕事の時間だな。
トレンチコートを羽織り、ポマードコームをさっと髪に通す。
鏡の前で身だしなみのチェックをして中折れ帽を手に取る。
もう一度鏡に映った自分をみてため息をついた。
「できる事なら………男に生まれたかった」
────そう呟いてハードボイルドに憧れた女社長は助手を引き連れていつものように依頼人の所へ向かった。
※本作品はハードボイルドに憧れる偏った考えの女性の独り言を創作した作品であり、決して実在の人物、団体、出来事、思想等を批判しているものではございません。
また、喫煙や犯罪を推奨するものではありませんのでご理解いただき読んでいただきたいと思います。
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