学校に内緒でダンジョンマスターになりました。【増量試し読み】

琳太/ファミ通文庫

1 第三迷宮高等専門学校(1)

 大三校ダンジョン第六層、草原フィールド。

 草原をこちらをめがけて駆けてくる草原鼬ステツプウイーゼルに、前衛担当の佐藤と中村の二人が学校の備品であるポリカーボネート製のライオットシールドを向け、鉄製のロングソードを構えた。

 中衛の高橋と田中は前衛の二人の盾に隠れるように槍を構える。俺は後衛担当だったので鈴木と並びクロスボウの照準を合わせた。

 初撃は後衛でクロスボウを構えている俺たちだ。ステップウィーゼルが攻撃範囲に入ったことを確認し、トリガーを引く。

 ヒュンッと風切り音と共に俺が放ったボルトは、ステップウィーゼルの片耳を吹き飛ばす。一方鈴木の放ったボルトはステップウィーゼルに掠りもせず、草の中に消えた。

 鼬と名がつくが、その大きさは日本に生息する鼬と違い、中型犬を超える大きさだ。だけどその大きさでも動く的に命中させるのはなかなか難しい。

 まだ〝小隊戦闘実習〟は始まったばかりなので、授業ごとに武器とポジションは変わる。

 いずれ自分にあった武器を選ぶけど、それは三年になってからなので先の話だ。

「ヘタクソ、ちゃんと狙えよ」

 盾の後ろで槍を構えていた班長の高橋が、振り向き怒鳴ってきた。

「ご、ごめん」

 つい反射的に外した鈴木でなく、命中させた俺が謝ってしまった。

 片耳を吹き飛ばしたくらいでは勢いが止まらないステップウィーゼルに、前衛の佐藤と中村がタイミングをを合わせ盾で跳ね返す。

「せーのっ!」

「どっせい!」

 スキルは持っていないが、佐藤たちの放ったシールドバッシュのタイミングがうまく合い、ステップウィーゼルは「ギャウッ」と悲鳴を上げ転がった。

 そこへ高橋と田中が槍を突き出す。俺も新たなボルトをつがえ、ステップウィーゼルの頭に狙いをつけ素早く放った。

 佐藤と中村も盾を構えつつロングソードで腹部を狙う。

 オーバーキル気味の攻撃にステップウィーゼルは力尽き、黒い粒子に変わっていく。

「教官が釣ってきたモンスターじゃなくって、自分たちで探索して遭遇したモンスターと戦うのって〝探索者〟してるって実感湧くよな」

 戦闘が無事終わりほっとしたのか、田中が話しかけてきた。

 迷高専では二年度に入ってようやく実践授業という名前でダンジョン探索が始まる。

 田中の言う通り、最初は教官が釣ってきたモンスターを倒すだけだった。それが二学期に入ってから始まる小隊戦闘実習では、自分たちが主体でダンジョンを進んでいくのだ。

 仮免では指導教官がいないと戦闘行為が行えないから、生徒だけで探索しているわけじゃあないけど、一端の探索者になった気分にはなれる。

 探索者は概ねパーティーを組んで活動するが、パーティーを組む時はそれぞれ得意な武器やポジション、適性を考慮するものだけど、今は小隊戦闘の授業なので一通りの武器を使えるように毎回武器や配置を変えて行われる。

 実際の探索者パーティーとは違い、授業のためのグループなので〝パーティー〟ではなく〝班〟と呼ばれていた。

 最初の授業の時に教師に振り分けられて顔合わせするまで、高橋と鈴木と中村とは全く接点がなかったし、佐藤も多少会話を交わしたことのある程度だった。そんな中比較的付き合いのあった田中と同じ班になれた時は喜んだ。

 黒い粒子が消えると、代わりに羊皮紙を丸めたような物が残った。

「みろ、スクロールだ」

「すげー、初めてのスクロールドロップだ」

「脅威度1の最弱モンスターのくせして、スクロールドロップするとかありえないくらいもってる個体だったてやつ?」

 マジ? 三階層でスクロールドロップすることあるんだ。

 大三校ダンジョンは全三十階層あるが、十階層まではステップウィーゼルのような、脅威度1から3までのコモンモンスターしか出ない。

 脅威度はIDDSが設定したモンスターの討伐難易度のことで、1は探索初心者でも倒せるランクってことになっている。だけどけど牙を剥いて襲いかかってくるモンスターに、戦闘経験のない素人だとビビって戦えないと思う。

 だけど迷高専の探索者コースで、戦闘訓練を受けてきた俺たち六人にとっては楽な相手だった。

「今まで魔核ばっかりで、よくてアイテムの爪や皮の素材しか出なかったけど」

「スクロールなんて初めてだ」

「ポーションや装備品も出たことないけどな!」

 高橋、佐藤、中村がスクロールのドロップにはしゃぎ出す。

 小隊戦闘授業は今回が三度目だった。まだ慣れない戦闘形式と、モンスターとの命のやりとりという興奮と緊張から開放されたところに、スクロールのドロップという奇跡にも近い幸運で皆舞い上がってる。

 いや、舞い上がるというか戦闘によるアドレナリンの放出過多で落ち着きを失っていたのかもしれないと、後で振り返った時に思った。

「お前たち、はしゃぐな!」

「ほら、鹿納!」

 指導教官の三田から叱咤の声が飛ぶ中、班長の高橋が俺に向かってスクロールを投げた。

「え、あ、うわっと」

 三田教官の怒声に驚いたことと不意に投げられたことで、スクロールを受け止め損ね、お手玉のように両手の中で数回跳ねさせてから、かろうじて端っこをつかんだ。

 投げたりお手玉したりがよくなかったのか、掴んだ場所が悪かったのか。

 スクロールはぱらりと解けてしまった。

「「「「「あ…」」」」」

 淡く光ったスクロールは、そのまま光の粒子と化し消える。

 ダンジョンから齎されるスクロールはそれを開けたものに、ダンジョン内でのみ使用できる特別なスキルを与えて消滅する。

 消えていく光の粒子を目で追うが、その光が完全に消え去った時皆の興奮は一気に覚めた。全員班の指導教官である三田の方を振り返り青ざめる。

「あ~~~っ」

「何やってんだ、鹿納」

「おまっ、バカ!」

「うそだろ!」

「信じられなーい!」

「お、俺のせいじゃ……」

 戦闘実習中ということも忘れ、全員が大声で騒ぎ出したが後の祭りだ。

「まだ授業中だぞ。騒いでないで隊列を組み直せ!」

 悲鳴にも似た言い合いは三田教官の叱責によって遮られる。ダンジョンの中で騒げばモンスターが集まってくる可能性があるから。

 全員三田教官方の方に向き直りおしだまる。授業方針に反してスキルを取得した場合、どんな罰が課せられるかは校則には書かれていない。


 故意でないとはいえ無断でスクロールを開いてしまったことで、全員どんなお咎めがあるかと意気消沈してしまったけれど、再びモンスターとの戦闘が始まれば気にしている場合ではなくなった。

 そして以後はトラブルなくその日の小隊戦闘の授業は終了した。

 当然俺たちは放課後に担任と学年主任から呼び出しをくらった。

 スクロール開封は指導教官も見ていたこともあり不可抗力とされたものの、無罪放免とはならなかった。

 学年主任と担任による小一時間ほどのお説教に加えて、反省文の提出と一ヶ月間の職員トイレの掃除という罰則を喰らうことになった。

〝禁止されている二年度のスキル取得〟これが俺鹿納大和にとって大きく言えば将来、小さく言えば進級に関わるさまざまなことの発端となった事件だ。

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