第14話 ロックリザード
お互いにうなずき合い、揃って半回転しゴブリンたちと向かい合う2人。その横を後ろから黒の旋風が駆け抜けた。
「失礼しますわね!」
「とりあえず罠と、拘束しちゃうか」
艶のある黒髪を靡かせてゴブリンの群れに蹴り込む少女と、指先の動きに合わせるようにして空中にゴブリンを縫い止める少年。
突然飛びかかってきた少女に反撃しようとしたゴブリンは、棍棒を不自然な姿勢で振り上げたまま微動だに出来なくなっている。
「ぎ、ギャギ?」
驚いたように目を見開くゴブリン。顔に比して大きな眼がさらに開かれ、拳大の眼球が飛びそうになっていた。そこに映るのは、ガントレットに包まれた小さな拳。
「沈みなさい!」
地属性の身体強化により重さを増した少女の右ストレートが、ゴブリンを沈めるどころか吹き飛ばし背後の木に激突させる。
「がぎゃっ!」
「次!」
吹き飛んだゴブリンには目もくれず、背後から短剣を手に向かってくるゴブリンを回し蹴りで仕留める。その流れるような格闘技に惚けた様子だったミーファとレミだったが、ゴブリンの背後に見える巨大なトカゲを見て我にかえる。
「あぶなぁ……直前で拘束外さなかったら糸切れてたかも。ん? なんだあれ、大きいな……岩が走ってる??」
「あれはロックリザード! ゴブリンなんかよりよっぽど強い魔物なの!!」
「早く逃げないと! ゴブリンなんて目じゃないくらい強いんだよ!?」
どこか危機感の足りない少年に思わず怒鳴ってから、何やってるんだと頭を振るミーファ。この状況は自分たちのせい、助けに入ってくれたのは彼らの好意。
ゴブリンなら彼らでどうにかなりそうだ、でもロックリザードは厳しいだろう。せめて彼らを逃すのが傭兵の意地だと、2人は決死の覚悟で武器を構えた。
「ロックリザード……何処かで……あ!」
ユーリの馬鹿力で吹き飛ぶゴブリン。時々糸で女性陣に襲いかかろうとするゴブリンを拘束して援護しながら、もうそろそろゴブリンの最後尾に食らいつきそうなロックリザードを観察する。
ぱっと見は動く岩だろうか。長さは分からないが、高さだけでもエグジムの頭一つ分は大きい。大きなトカゲの全身を岩が覆っている、もしくはトカゲが岩を背負っていると表現した方が伝わりやすいか。
基本街中で仕事をしているエグジム、見た目だけではピンと来なかったが、ミーファに言われて記憶に引っかかるものがあった。
それはちょうど、制服製作の時に素材を仕入れるため訪れた卸問屋にて、上質な革素材の棚に並んでいたもの。
服の補強に使うなら、強度も勿論だがある程度の柔軟性も欲しいなと思い、ふと目に付いた素材が確か、ロックリザードだったような気がする。
とするならば、目の前で迫るそれは、まさしくエグジムが探しにきていた素材。
この時点でエグジムの目にはロックリザードは恐怖の対象ではなく、素材としか映らなくなった。
「ほら何やってるの! 早く逃げないと!!」
焦った声音で急かしてくるミーファだが、エグジムには逃げる気など毛頭ない。ポーチから新しい糸巻きを取り出すと、一気に魔力を通して掌握する。
中に漂う糸の群れ。それはさながら早朝に立ち込める靄のよう。
「逃げるなんてとんでもない。カモが自分からやって来てるのに……」
「ちょっと君、何言って……」
「むしろ逃がさない!!」
右手の五指それぞれで糸を操り、木々を巻き込んで捕獲の罠を敷設していく。相手は巨大かつ重量もある。念入りに十重二十重に網を張って待ち受ける。
それはまさに蜘蛛のごとく。細く目立たず強度は抜群のポイズンスパイダーの糸も、本領発揮とばかりに軽快に飛び回り、数秒経たずに完成したのは束縛の陣地。
「エグジム、こっちはそろそろ終わりますわよ! 何か後ろから凄いの来てますけど、やりますの?」
「もちろん! 罠貼ったから回り込んで俺の後ろに来て!」
「分かりましたわ!」
近くのゴブリンに前蹴りを叩き込み、ユーリは踵を返してエグジムの方へと戻る。
残されたゴブリンはユーリを追おうとするが、背後に迫る脅威を思い出したのか、慌ててバラバラの方向へと逃げ出した。中にはエグジムたちの方に逃げようとしたゴブリンもいたが、それらは走る前に額を反らせて背後に転倒した。いつの間に構えたのか、レミが前に突き出した右手の手甲がスリングショットになっており、近付こうとするゴブリンを小石で狙撃していたのだ。
「これあまり得意じゃ無いんだけどな!」
手頃な小石を連射してゴブリンを牽制するレミ。大抵は魔物に対して然程の傷も与えられないが、足止め位にはなる。そして今の状況では足止めで充分だったため、スリングショットは大きな効果を発揮していた。
「グギャオオァァ!」
「ギギィ!……グビャ!」
転倒したゴブリンは立ち上がって逃げようとするが、その前に追いついたロックリザードの爪と牙の餌食となる。人に近い姿の魔物が食べられる光景は4人に恐怖心を与えるに充分だったが、だからといって怯んでる暇はない。
「まだ食事が足りない、といったご様子ですわね!」
ロックリザードの目にはレミとミーファ。加えて新たに加わった旨そうな2人の人間しか映っていない。口の端からはヨダレを垂らし、よほど飢えている様子。
「でも大人しく食べられてあげる程、お人好しじゃ無いんで……ね!!」
「ねぇ、来るよ? 来るよ!?」
騒ぐレミを放置して、糸に意識と魔力を集中し、負けないように覚悟を決める。
ポイズンスパイダーの糸は魔力を通し、ある程度までは魔力にて強度を向上させられる。そのギリギリを維持して待つこと数秒。エグジムの両手に千切れそうなほどの衝撃が走った。
「グギャオゥ!!」
「くっそ、強い!!!」
突撃で数本糸が千切れた。木を巻き込んで無ければ一瞬も保たなかっただろう。
エグジムは更に糸を追加してロックリザードの拘束を強めていく。魔力を遠慮なく使用しているからか、額から汗が滴り、鼻梁を濡らして雫となり落ちていく。
「うっそ、止まってる」
「すご……」
短剣とスリングショットをそれぞれ構えたまま、呆けた顔で暴れるロックリザードを見つめるレミとミーファ。その肩を軽く叩いて意識を戻し、ユーリは地属性の魔力を全身に行き渡らせ自身の身体強化をかけ直す。
「エグジムが止めたのです。今のうちに仕留めますわよ!!」
スゥ……と腰を落としたユーリの引き絞った右拳に砂塵が纏わりつき、寄り固まって一つの巨大なガントレットを作り出す。
ユーリ作土魔法『ブーストガントレット』。
ガントレットから剥離する微細な砂が、まるで砂嵐のごとく流転し、その方向を後方へと集中。まるで引きしぼられた矢が解放されたかのごとく、ユーリの身をロックリザードへ向けて射出する。
未だに巨大な拳を引き絞ったまま、真っ直ぐにロックリザードを見据えて低空を滑るユーリ。その威容に身をよじって躱そうとするロックリザードだが、エグジムの糸がそれを許さない。
「砕けませ!!」
ロックリザードの数歩前の地面に踵を突き立て、突進のエネルギーをそのままに回転。遠心力に身体強化による筋力を上乗せし、まるで巨大なハンマーのごとき砂のガントレットが無防備にさらけ出されたロックリザードの腹部に炸裂した。
「グロログバァ!」
岩の装甲に覆われていない柔らかな脇腹を的確に抉られて悶絶し、大量に吐血するロックリザード。
衝撃を受け止めきれずにガントレットは砕け散り、砂の粒子となって爆散。弾き飛ばされたユーリは勢いを殺すため足を広げて円を描くように下草を削り、地面を数回転分削って静止した。
「やるよ!」
「ええ!!」
ユーリが飛ばされたタイミングに合わせるようにミーファとレミが火球を放ち、口から吐血して悶えるロックリザードの頭部を爆撃した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回のユーリの技、頭の中では「衝撃の…ファースト……」なんて叫び声が響いてました。
あの作品はもう、漢の義務教育だよ……
ちなみにわたしは速さが満ちてる兄貴が大好きです。
次回更新は1/29の8時を予定してます。
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