第11話 西の草原

「意外と美味しいですのね。この歯ごたえが……んむんむ……新鮮ですわ」


「多分魔物の肉だから、旨味はあるけど歯ごたえも凄いよな」



西門を守る門番に静かに見送られ、やってきたのは西平原。いつもは「おいエグジム、デートかクソ野郎!」とか「ミリリちゃん!今晩食事とかどう? え、ダメ? そうっすか……」とか色々喧しいのだが、やはり伯爵令嬢相手だと気後れするんだろうか。


「お嬢様!お気をつけて行ってらっしゃいませ!!」と敬礼して見送っていたので、ユーリの素姓には多分気がついているんだろうが。ちなみに門番ドム20歳彼女募集中である。



「魔物のお肉ですか。たまにチャージボアのお肉は食卓に出ますけれど、感じが随分違いますのね」


「多分それ、かかってる手間が違うよね。お肉は手間かければ柔らかくも食べやすくも出来るから」


「なるほど。料理長に感謝しませんと」



多分使ってる肉自体が良いものだろうと思ったが、あえてそこは言わないエグジム。感謝は大事だと思います。


串一本食べたら満足感と共にアゴの疲労も感じる肉串を上品に完食し、満足げに口元を拭うユーリを連れ街道を歩く。



「正直残すかと思った。硬かったでしょ?」


「ええ、硬くて面白かったわ。味付けもシンプルで新鮮で、気がついたら無くなってましたの。また行きませんとね」



お嬢様は意外と庶民の味覚もイケるらしい。


しかもリピート宣言。


屋台のおっちゃんも本望だろう。明日この感想伝えたらオマケしてくれそうな気がする。



「それに食べながら歩くというのも新鮮でしたわ。はしたないと小言を言う爺やもおりませんし。さて、次は狩ですわね!」


「それが目的だからね。でも、やっぱり西は平和だなぁ」



馬車が二台はすれ違える広さの街道が伸びる西平原。街道とはいっても土を均したのみで、馬車の車輪跡が何本も残っている。土の質は硬くないので危険はないが、それでもたまに車輪を取られて停車する馬車もちらほら見られる。


エグジムたちが歩く先にもそうした馬車が2台ほど街道を外れた草原に停車していた。


車輪には御者だろう男が取り付き、木槌やヤスリなどを使って調整を行なっており、ほかの護衛の傭兵や商人風の男は休憩かわりと捉えているのか、のんびりと焚き火を囲んで湯気の立つ飲み物を片手に談笑している。


馬車を停車し調整する時なんて、普段であれば一番危険な瞬間だと行商人のおじさんが言っていた。


それでもここまで気を抜いているのだ。さすが、王都への通商路で辺境伯の都市近郊。治安はすこぶる良いのだろう。


エグジムは焚き火を囲んでいる傭兵の1人に見覚えがある女性を見つけると、手を大きく振りながら近寄っていった。



「こんにちはサミーさん。依頼中ですか?」



ちょうどカップの中身を飲もうとしていた小柄な女性がエグジムの声に反応すると、カップを下ろし笑顔で手を振り返してくれた。



「あー。『猫のひげ』のエグジムじゃん」


「どもー。どうですその後」


「うんばっちり。皮鎧にもぴったり合うよ」



そう言って襟を摘んでヒラヒラと振るサミー。彼女の防具は胸元を覆う皮鎧と手甲、脚甲のみ。茶色で飾り気のないレザーアーマーに合い、サミーのふんわりした金髪とも相性を考えて仕立てた緑色のシャツと黒系のパンツはしっかりと活用されているようだ。


ちなみにエグジム親子の仕立て屋は店名を「猫のひげ」という。母親が猫派ゆえに名付けられたものだ。扉の上に取り付けられた楕円形の看板は上部に三角形の突起が2つ「ひょこっ」と伸びており、可愛いと地味に女性人気があったりする。



「そりゃ良かったです。また入り用になったら是非お願いしますね」


「勿論よ! お友達にも紹介したげるね!」


「あざーっす!」



よし、リピーターゲット!



「おいサミー。誰だこの少年は」



仲良しげに話すのが気になったのだろう。一緒に焚き火を囲んでいた大柄な斧使いがエグジムを指差して言った。



「ん? エグジムだよ、仕立て屋さん。ほら前話したじゃん、この服買ったところだよ」


「うおマジか。着やすそうだなって思ってたら、こんな少年が作ってたのか? 俺はジオってんだ、この鎧下が縫い目荒くてキツくてな。長く鎧を着てると擦れて痛くなんだよ。今度俺のも頼んで良い?」


「まいどー。なら今測定しちゃいますね」



頼むと返事をもらったあと、その場に鎧を外して立ってもらって、メジャーで手早く測定していく。服着てる分は考慮に入れておけば問題ない。


服というのは意外に高く、財産となることが多い日用品だ。サイズを測って作れば着心地よく長く使えるが、そういったものは高く、なかなか手が出ない。


ゆえに多くの人は古着屋に売られたものや量産品で自分に合ったものを探して着ることも多い。



「なあ、料金なんだけど、少しまけてくんね?」


「んー、そうですね……」


「お願い、私からも、ね?」


「そうですね。サミーさんの紹介ってことで、割り引いて銀貨一枚でどうっすか?」


「マジでいいの?」


「そのかわりシンプルなものになりますよ」



上下セットで銀貨一枚なら安いもの。ジオは喜んで提案を受け入れた。サミーの顔も立てられたし、新たなお得意様を手にできそうだ。エグジムとしても悪くない取引だ。



「そういえばエグジムはこんな所に何の用? 西は治安いいけど、仕立て屋さんには危なくない? 少ないけど魔物いるし、森も近いよ?」


「それなんですけどね。少し服の素材を自分でも採取してみようかなぁと。蜘蛛の魔物とか昆虫とか、あとは植物。良いところ知りません?」


「んー……」



エグジムの問いにサミーは形の良い顎に手を当て唸りだす。代わりに答えたのは鎧を再度着込んだジオだった。



「蜘蛛の魔物とか必要なら森の中だけど、あぶねーしな。まぁ森の手前付近なら大丈夫とは思うけど、念のためにこっから少しいった所に巡回騎士の休憩所がるから、その近くで探索した方がいい。いざという時に救援が入りやすいしな」


「なるほど、ありがとうございます」



有益な情報も貰えた所で2人に別れを告げ、互いに手を振りながら離れていく。少し離れた所にいたユーリも遅れないように付いてきており、傭兵たちから少し離れた所でエグジムの隣へと並んだ。少し興奮気味で。



「エグジム、あれが噂の『井戸端会議』でございますの!? 確か平民はああやって情報収集をされているとか。初めて見ましたわ!」


「あぁ、あれは世間話……と営業活動だね。ついでに情報収集もかな」


「そんな一度に……しかもあんなに気軽に。侮れませんわね」


「まあいいけど、それより森に入るけども、まだ付いてくるの? 危ないかもよ? ユーリは武器も持ってないみたいだし」


「ふふん。装備は常にしておりますわ。ほら」



エグジムの忠告に対して勝ち誇ったような態度のユーリ。彼女がジャケットの袖からのぞく金属の腕輪のようなものを操作すると、ガシャコンと何かが作動する音が鳴り、手の甲と指の第一関節までを守る金属の手甲が出現した。丁度拳を握れば、打撃面が金属でカバーされるような造りだ。


その可変式の手甲を左右作動させ、軽く空中に拳を走らせる。



「どうです? 魔法発動の補助にもなる魔鋼製の手甲に、ブーツも魔鋼で補強されてますわ。魔物ごときに遅れは取りませんわよ?」



風を切る音は短く、しかし鋭く。


拳の巻き起こした拳圧がエグジムの前髪を大きく揺らした。これに殴られたら、おそらくタダでは済まないだろう。


魔鋼とは魔力を通しやすく、魔法陣などで加工すれば魔法発動を補助する杖としての役割も持たせられる。魔力との親和性がとても高い金属のことだ。もちろん、強度も申し分ない。


ネックはお値段が張ることなのだが、さすが伯爵家、問題にもならなかったのだろう。恐らくエグジムが魔鋼で武器を作るとすれば、芯になる部分のみ使用するとか……そういった形にするのが精一杯。しかしユーリの手甲は魔鋼をケチるどころか可変機能まで搭載されている。お値段など考えたくない。


でも、とりあえず魔物と戦いになっても大丈夫そうだ。それこそエグジム等より余程。



「んじゃま、行きますか」


「ええ。なんなら守って差し上げますわよ?」


「それは頼もしいね」



両の拳をガンガン打ち付け気合を入れる腕白令嬢ユーリと2人。比較的下草が低いところから森の中へと入っていった。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

そういえば最近、車をぶつけてしまいました。

こう、側面をガリガリと。

その日はお通夜ですね。気分がマントル行きですよ

翌日に修理見積りしたら10万超え20万届きそうな勢い。気分がブラジルまで突き抜けました。

もういいや、サンバ踊るか。


次回は1/21の7時投稿予定です。

花金ですね?土日のお供にどうですか?

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