第31話 いらない子は学内カーストを駆け上がる⑩ ~ヴァイオリン無双がチートすぎる件~
『――さぁ皆様っ、いよいよ両者が姿を現しましたっ……!!!!! まずは"
「「「――うおおおおおおおおおっ……!!!!!」」」
『――続きましては勇敢にもキングに立ち向かう哀れな仔牛――"
「「「――ギャハハハハハハハハッ……!!!!!」」」
MCのパフォーマンスと観客の笑い声に迎えられるようにしてステージに向かうと、そこは無数のスポットライトに照らされた異様な空間だった。
大観衆の熱気が、そして狂気にも似た何かが、舞台上で魔物のように牙を剝き出しにしていた。
(へぇ……。ここがグレニアールのステージかぁ……)
僕は観光名所でも眺めるように、のんびりとステージ中央に歩いていく。
……と、ちょうど反対側から、腕に金色に光り輝く"
銀髪に、赤い瞳に――
(――この人が、ヤン・ハイフェルドさんかな……?)
"ヴァイオリンの魔術師"――『王立音楽学園史上最強』のヴァイオリニストだ。
ハイフェルドさんは会釈する僕なんかには目もくれずに、客席に向かって右手を軽く上げた。
「「「――うおおおおおおおおおっ……!!!!!」」」
……途端に沸き起こる大歓声。
グレード1"
(すごい人気だなぁ……。僕が勝っちゃったら暴動が起こりそう……)
などと心配していると、係員が手にコインを持って近づいてきた。
右手の親指にそれを乗せて、"ピンっ!"とはじく。
MCが、ステージに落ちたコインを覗き込んだ。
そして言った。
『――さぁ今っ、運命のコイントスが始まりましたっ!!!!! ……おおっ、先攻はなんとハイフェルドかっ!!!!?」
「「「――うおおおおおおおおおっ……!!!!!」」」
すると係員がハイフェルドさんに訊ねる。
「――演奏する曲は?」
ハイフェルドさんは表情一つ変えずに言った。
「――イザイだ。『無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番イ短調』だ」
するとMCが騒ぎ出す。
『――出ました、ハイフェルドの十八番、イザイっ……!!!!! これはもう勝利間違いなしでしょうっ……!!!!!』
「「「――うおおおおおおおおおっ……!!!!!」」」
何が「うおおおお」なのかよくわからないけど、多分これだけ盛り上がるってことは、観客が聴きたかった曲なんだろうなぁ。
過去にもグレニアールで弾いたことがあるのかもしれないなぁ……。
そうやって他人事のように眺めていると、今度は係員が僕に向かって訊ねた。
「――演奏する曲は?」
僕は悩んだ。
何も考えてなかった。
(どうしよう、じゃあ、えっと――)
「……同じヤツで」
「――同じヤツ?」
「……その、ダザイ? イザイ? なんとかさんって人の、"無伴奏なんとか"ってヤツで……」
途端に眉をひそめる係員。
そして騒ぎ出すMC。
『――おっと、ケイ・ロクオンジ……!!!!? "同じヤツ"とは、まさかイザイの『無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番イ短調』でしょうか……!!!!? ハイフェルドの後に同じ曲を演奏するのは、さすがに狂気としか言いようがありませんがっ……!!!!?』
「「「――ギャハハハハハハハハッ……!!!!!」」」
途端に爆笑が沸き起こる会場。
……ん? ……僕なんか面白いこと言ったかな?
まぁいいや――
『――ケイ・ロクオンジ、本当にイザイをやるつもりですか!!!!?」
MCにマイクを向けられ、僕は頷いた。
「……はい、お願いします。だって同じヤツを聴き比べたほうが、どっちのほうが優れているか、みなさんもわかりやすいでしょうから」
『――なっ……!?!?!?!?!?!?』
「「「――ギャハハハ……ハッ……!?!?!?」」」
……ん?
何か悪いことを言ってしまったんだろうか?
ステージ上が、そして大観衆が、急に静寂に支配される。
いや、もはや殺気すら感じるような……?
観客の目が、MCの目が、係員の目が、そしてハイフェルドさんの目が――"この身の程知らずめ"と言わんばかりに僕を貫いているような……?
……まぁ、いいや。
僕が愛想笑いを浮かべていると、客席からは罵声のようなものが聞こえてきた。
「「「「――そんなガキやっちまえ、ハイフェルドぉぉぉぉぉっ……!!!!!」」」
「「「――うおおおおおおおおおっ……!!!!!」」」
ありゃ、こりゃますます火に油を注いじゃったかな……?
さらにアウェーになっちゃったな。
そしてそんな観客の期待に応えるように、ステージの前方にゆっくりと向かっていくハイフェルドさん。
ふと立ち止まり、僕の方を振り返って、こう言った。
「――調子に乗るなよ、雑魚が。クソ同然の"
「は、はぁ?」
「――俺様と同じステージに立たせてもらえるだけ、ありがたいと思え。今日がお前の命日だ……ヴァイオリニストとしてのな!」
そう言って、ヴァイオリンを肩に乗せるハイフェルドさん――
名前:ヤン・ハイフェルド
レベル:8051
TS:87389
AS:65202
MP:1084
スキル:≪冷血のマエストロ≫≪コンピュータープレイ≫≪深淵のヴィブラート≫≪円環のアルペジオ≫≪森羅万象のハーモニクス≫≪次元のポルタメント≫≪ボーイングLv.10≫≪アルペジオLv.10≫……他
称号:≪ヴァイオリンの王≫
【冷血のマエストロ】……人間らしさを失う代わりに『奏者の限界』を超えてTSとASを伸ばすことができる。限界突破スキル。
【コンピュータープレイ】……寸分の狂いもない正確無比な演奏。TSとASが20000上昇。
【深淵のヴィブラート】……底知れぬ深さと暗さを持った音の揺らぎ。TSとASが20000上昇。
【円環のアルペジオ】……始まりから終わりまで滑らかに連なる分散和音。TSが20000上昇。
【森羅万象のハーモニクス】……天地に存在する万物のごとき果てしない倍音。TSとASが10000上昇。
【次元のポルタメント】……空間を跨ぐようなゆっくりとした音程変化。TSとASが10000上昇。
……ああ、"ヴァイオリンの王"かぁ。
レベル8051……見たこともないスキルもずらずら並んでいるし、確かにすごいな……。
いや、けど――
(――正直、こんなもんかぁ……。ガッカリだな)
なんだか物足りなく感じてしまうのは、気のせいだろうか?
こんなことを言うのは失礼だけど、これが本当に『王立音楽学園史上最強』のヴァイオリニストなのだろうか?
そんなことを考えているうちに、ハイフェルドさんの弓が弦をゆっくりと擦り始め――
【
レベル:888
TS防御度:51201/88000
AS防御度:50653/88000
次第に激しくなっていく『無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番』に合わせて、観客のTS/AS防御度もかなりのスピードで削り取られていく……。
(へぇ……イザイってこういう曲なんだ……)
なんだかそれまで大人しくベンチに座っていた人が、急に白昼夢を見て暴れ始めた……そんな曲だ。
(それにしても
確かに高い……。
でも――
(正直、それさえも物足りなく感じてしまうなぁ……)
なんだかハイフェルドさんとグレニアールの
やがてハイフェルドさんの弓が弦上を大きくうねり出すと――
【
レベル:888
TS防御度:35/88000
AS防御度:28/88000
グレニアールの
そして最後の駆け上がるようなパッセージが最後の一音を締めくくると――
――『KILL』!!!!
【
レベル:888
TS防御度:0/88000
AS防御度:0/88000
ついに観客の心の扉は壊され、みな"ハイフェルドさんの弓さばきに心を打たれた"といった顔でスタンディングオベーションを始めた。
「「「――うおおおおおおおおおっ……!!!!!」」」
「「「――いいぞっ……!!!!! さすがハイフェルドだっ……!!!!!!」
MCも目に涙を浮かべていた。中立な立場なんかそっちのけで、全力で拍手をしている。
『――お聞きください、この大歓声……っ!!!!! なんというパフォーマンスでしょうっ……!!!!! この場にいる誰もが心を鷲掴みにされたことでしょうっ……!!!!! これがハイフェルドですっ……!!!!! 王立音楽学園の誇りですっ……!!!!!」
「「「――うおおおおおおおおおっ……!!!!!」」」
……まるでもう勝敗が決した、とでも言わんばかりの騒ぎようだ。
(あの……僕まだ弾いてないんですけど……?)
やれやれとため息をついていると、MCが思い出したように僕にマイクを向けてきた。
『――さあどうしますか、ケイ・ロクオンジ……? 本当にイザイを弾きますか……? もしどうしても無理だと思ったら、ギブアップしてもいいんですよっ……!!!!?」
「「「――ギャハハハハハハハハッ……!!!!!」」」
……えっと、なんで笑われてるのかわからないけど。
観客の嘲笑に迎えられた僕は、エクスカリバウスを手にステージ前方へと向かう。
するとハイフェルドさんが、すれ違いざまにこう耳打ちしてきた――
「――これが"本物"だ。哀れな"
ニヤリと口元を歪め、ステージ後方に去っていくハイフェルドさん。
僕は愛想笑いを浮かべ、それからエクスカリバウスを肩に乗せた。
名前:鹿苑寺恚
レベル:1
TS:998979969
AS:987959799
MP:3051
スキル:≪自動成長≫≪らくらくヴァイオリン≫≪悪魔と契約≫≪神童≫≪ドンファン・リサイタル≫≪天穹のスタッカート・ヴォラン≫≪永劫のスル・ポンティチェロ≫≪バイオリンガル≫……他
称号:≪選ばれし者≫
……さて、始めるか。
僕は近鉄の帽子を被り直す。
もうグレニアールの
高みの見物――といった顔だ。
心の扉にふたたび鍵をかけ、「俺たちを感動させてみろ」、「無様な演奏しやがったら承知しないぞ」――そんな顔だ。
早く聴かせてあげた方がよさそうだ。
【
レベル:888
TS防御度:88000/88000
AS防御度:88000/88000
……でも、手加減しないとあっという間に終わっちゃいそうだけど……。
(ま、いっか――)
僕は半透明のウインドウにそのメッセージを表示させた。
「『Sonata for Solo Violin No. 2』をオート演奏しますか? はい・いいえ」
迷わず「はい」を選択する。
そしてエクスカリバウスの弦に弓を走らせた。
途端に風が起こった。
一陣の風が。
曇り空が二手に割れて、一筋の光がステージを照らし出す――。
(さぁ行くよ、エクスカリバウス――)
僕は弾き出す。
イザイの『無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番』をらくらくヴァイオリンで弾き出す。
――『OVERKILL』!!!!
すかさずオーバーキル判定が出たけど、僕は気にしない。
間もなく僕の左手が指板を駆け巡り、右手の弓が弦上を躍り出すと、エクスカリバウスは高らかに歌い出す。
混迷と狂騒のイザイを。
ある種の狂気を。
光も闇も切り裂くように。
この世界の理を書き換えるように。
何もかもを超越してしまった、天上の調べのように――
――『OOOOOOOOOOVERKILLLLLLLLLLLL』!!!!!!!!!!
【
レベル:888
TS防御度:-230000/88000
AS防御度:-215000/88000
急に見たこともない数値が表示された。
……なんだよ、TS/AS防御度が"マイナス20万"って……!?
だが驚いたのも束の間、僕が弾き始めて数秒しか経たないうちに、
――ガタンっ……!!!!!
ステージの端で、ハイフェルドさんがヴァイオリンを足元に落とすのが見えた。
――ゴトンっ……!!!!!
同じくステージの端で、MCがその場に崩れ落ちるのが見えた。
――バタバタバタバタっ……!!!!!
ふと目をやれば、グレニアールの観衆たちはまるでドミノ倒しのように、その場に次々と倒れてゆくではないか……。
(……えっ? みんなどうしたの? まだほんの十秒しか弾いてないけど?)
だが僕が弓を動かし続けると、最前列にいた客が白目を向いて失神するのが見えた……
(……あっ、やばい。このまま弾いたらやばい。手加減しないと――)
僕はそう思い、慌てて弓を止めた。
持ち時間はまだ二十秒しか使っていない……
でも、それで十分だった。
僕がエクスカリバウスを肩から降ろすと、そこにはもう宇宙の始まりのような静けさだけが広がっていた。
グレニアールの大観衆も、ハイフェルドさんも、MCも、その場にいた誰もがひれ伏すように僕を見上げていた。
白目を向いている人、涙を流している人、鼻血を出している人……。
まるで核爆弾を投下されたみたいに、信じられない、といった顔で……。
(え、えっと……勝者は……?)
僕はヴァイオリンを持ったまま困惑してしまう。
もしもし、MCさん……?
なんでそんなところに座り込んでるんですか?
あの、もう弾くのやめたんですけど?
もしもーし?
――そんなカンジで、一体どれくらいの沈黙と静寂が流れただろうか。
やがて
「「「「「「「――ぐ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」
まるで「世界中の動物たちをここへ集めました」みたいな異様な叫び声を上げ始めた。
……う、うるさっ!?
グレニアールの会場は、爆心地みたいに揺れまくった。
そしてMCは落ちていたマイクを探すように拾い、こう雄叫びを上げた。
『――ななななな、なんということでしょうっ……!!!!! 私たちは今……いやっ、ここは天国でしょうかっ……!!!!? みなさん、息をしていますかっ……!!!!!? もし周囲に気を失っている人がいたら、声をかけてあげてくださいっ……!!!!!』
「「「「「「「――ぐ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」
『――もし私たちが聴いたものが夢でなければ……夢でも幻覚でもなければ……今のは人類の……いや地球の……いや宇宙の始まりにも似た何かを……そんな美しい音を聴きましたっ……!!!!! こんなことがあっていいのでしょうかっ……!!!!? こんな美しい音色が、この世に存在していいのでしょうかっ……!!!!?』
「「「「「「「――ぐ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」
……いや、みんな騒ぎすぎじゃない?
だが僕がステージの中央に突っ立っていると、MCは拳を突き上げ、高らかにこう宣言した――
『――もはや誰の目……いや誰の耳にも明らかでしょうっ……!!!!! ハイフェルドのイザイと、ケイ・ロクオンジのイザイ……どっちが勝っていたかなどっ……!!!!!』
「「「「「「「――ぐ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」
『――"全てのパフォーマーは観客によって平等に裁かれる"というグレニアールの精神に則り、ここに宣言しますっ……!!!!! 勝者――"
「「「「「「「――ぐ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」
……おいおいみんな、大丈夫かよ、そのテンション……。
とまぁそんなわけで、僕はその場に居合わせたすべての人に宇宙の創造主のように崇められながら、勝者に与えられるオリーブの冠を被せてもらったのだった。
……もちろん、近鉄の帽子の上から――。
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