蜃気楼の港町【シェリー・コート】
異端暗黒都市オガム
大魔導師ナックラ・ビィビィとラブラド種の女性剣士リャリャナンシーは、寂れた入り江の港町【シェリー・コート】にやって来た。
港で活気なく、魚介類の水揚げをしている人々のシェリー・コート特有の地域服には、多数の貝殻が魔除けの意味で縫いつけられている。
ナックラ・ビィビィが呟く。
「以前来た時は、もっと活気があった町だったが……これは、どうしたコトじゃ?」
ナックラ・ビィビィは、近くを通りがかった漁師に町に活気が無い理由を訊ねてみた。
顔色が悪い漁師が、沈んだ口調で答える。
「数ヶ月前に入り江の入り口に着水していた。ググレ暗黒教の、浮游飛行都市【異端暗黒都市オガム】のせいでさぁ……急に魚介類が不味くなった」
苦々しい表情で呟く、ナックラ・ビィビィ。
「そうか『ググレ・グレゴール大司教』のググレ暗黒教が、こんな離れた町にも来ていたのか……オガムの都市は、直接その形を見せたのか?」
「いんやぁ、空気が
「見えなかったのは幸いじゃ、現れたオガムを直視したら。心清らかな者は狂気に堕ちるからのぅ……黒い服を着た奇妙な連中は町に現れなかったか?」
「現れた……町の者に妙な教えを説いていた」
「『他人を妬み羨み憎み。成功した者の足を引っぱり陥れ。誹謗中傷と嘲笑をして他者を不幸にする者には、幸せが訪れる』という。
ググレ暗黒教のおぞましい教典じゃろう、耳を貸してはならんぞ……あの男の言いそうなコトじゃ」
続けてしゃべるナックラ・ビィビィ。
「魚介類の味が不味くなった原因は、オガムに付着してきた毒の貝が海の底に沈んでいるからじゃ、その貝を取り除けば味はもどる」
港町を歩くナックラ・ビィビィの後ろからついて歩く、リャリャナンシーがナックラ・ビィビィに訊ねる。
「ググレ暗黒教の、ググレ・グレゴール大司教を知っているような口調だったが?」
「人の心に災いを広める、西の厄災『ググレ・グレゴール大司教』……儂の肉体に不老の呪いをかけた、実の父親……クソ親父じゃ」
少し言葉の間を開けて、ナックラ・ビィビィは吐き捨てるような口調で言った。
「あの男は、何百年も精神を別の人間の体に移して生き続けておる──以前は亡くなった若い女の肉体に精神を移して、オガムの大学で暗黒教の講師を兼任しながら、大司教をしておった……今は若い男の姿じゃ」
町の通りを歩いていると、数人の素行が悪そうな冒険者の風体をした男たちが笑いながら、こちらに歩いてきた。
その中の顎に傷がある男が、明らかにワザとリャリャナンシーに肩をぶつけてきた。
地面に転がり、ワザと当てた肩を押さえて大袈裟に痛む演技をする、顎に傷がある男。
「いてぇぇ、肩が外れたぁ、いてぇよぅ!」
「兄貴、大丈夫ですかい! 姉ちゃん、大変なコトをしてくれたなぁ……こりゃあ、医者料をもらわねぇとなぁ」
男の顎にある傷を見ていたリャリャナンシーは、腰に吊るしてある鎖付きのクナイを生き物のように操り。
男の首に巻きつけて締め上げた。
「ぐっ!?」
「てめぇ、兄貴になにしゃがる!」
「やっちまぇ!」
仲間の男たちが、リャリャナンシーの左右と後方から剣を抜いて取り囲んだのを、離れた場所に避難したナックラ・ビィビィは樽の上に座って眺めている。
リャリャナンシーの後方にいる男が剣を振り上げる前に、⊥字型兜の赤い光点が頭頂を通過して後方に立つ男を睨む。
「わたしに、前後左右の死角はない」
リャリャナンシーは、鞘に入ったままの剣底で後方の男を突き倒す。
左右に立つ男二人も、リャリャナンシーは剣を抜くコトもなく鞘に入ったままの剣で打ちのめされた。
リャリャナンシーが、顎に傷がある男の首に巻きつけた、クナイ鎖を引き締めながら訊問する。
「若葉月の五日……花嫁衣装姿の『アスナ』という女を殺したのは、おまえか!」
「な、なんのコトだ」
「とぼけるな、おまぇだなぁぁ!」
リャリャナンシーは、グイグイと容赦なく男の首を締め上げる。
「白状しろ、おまえだろぅ!」
「く、くるしぃ……ち、違う……オレは、その日、カジノでボロ負けしていたぁ……ぐぇ」
男が気絶すると、クナイは自然にリャリャナンシーの手元にもどる。
気絶している男の口をこじ開けて、男の下顎に牙が無いコトを確認して呟くリャリャナンシー。
「こいつでも無かったか……どこに居るんだ、アスナを殺したのは誰だ」
歩き出したリャリャナンシーの後ろから、ついていくナックラ・ビィビィが訊ねる。
「今のはなんじゃ……アスナとは誰じゃ?」
「私恨だ、気にするな」
「そうか」
リャリャナンシーを追い越して先頭を歩くナックラ・ビィビィに、リャリャナンシーが訊ねる。
「この町で、第二試験をして正式に旅の同行者を決めると言ったが……どこに行くんだ?」
「町の丘に特定の時間の日差しで、未来の蜃気楼が見える場所がある……そこで見る旅の先に必ず、遭遇するコトになる未来を見て、お主自身が決めるのじゃ……このまま、旅を続けるか、どうかを」
丘に向かって歩いているナックラ・ビィビィに向かって、怒鳴る男の声が聞こえてきた。
「やっと追いついて見つけたぞ! ギルド食堂にいたヤツらに聞いたぞ! よくも縄を毒ヘビと言って、オレをだましやがったな!」
怒鳴ってきた男は【メルヒ・ディック】の町で、ナックラ・ビィビィが出した木箱の試験を前に逃げ出した男だった。
「だまされたオレは、いい笑い者だ! 第二試験とやらを、オレにも受けさせろ!」
ナックラ・ビィビィは、蔑んだ目で男を見ながら言った。
「いいじゃろう……そんなに第二の試験を受けたかったら、受けさせてやる……それに合格したら、特別に旅の同行者として認めてやろう」
ストーンヘンジのように環状列石が並ぶ【未来幻視の丘】に、ナックラ・ビィビィたちはやって来た。
環状列石の中央に、リャリャナンシーと再試験希望の男を引き連れて、環状に並ぶ石群の中央に立ったナックラ・ビィビィが言った。
「これから、起こる現象から、目を反らしてはならぬぞ……はじまるぞ」
日の光りが列石の隙間から差し込むと、漂ってきた濃霧の中に暗黒の風景が現れた。
にやけ笑う若い男──どこか、異質な雰囲気が漂う黒服の『ググレ・グレゴール大司教』が、空間ゲートの中に消える。
どこからか、ナックラ・ビィビィの声が聞こえた。
「あのゲートは、中央地域の暗黒城【ゴルゴンゾーラ城】に通じておるのだろう……ゲートの先には『昆虫騎士ピクトグ・ラム』がおるはずじゃ……他の地域の厄災たちもな」
霧の中で怯え続ける、男の顔を背後や足下の地面から。赤い眼球をした『ググレ暗黒教』の信者たちが不気味な声を発して。男やリャリャナンシーの体に群がる。
「あぁぁぁぁ……我が命をググレ・グレゴールさまに捧げます……あぁぁ」
しがみついてくる信者を恐怖から振り払う男。
「ひぃぃぃぃ!」
蜃気楼が消えて、丘に静寂がもどる。
蒼白顔の男は、丘を転がるように逃げていく。
「冗談じゃねぇ! ググレ暗黒教とゴルゴンゾーラ城だと! 命がいくつあっても足らねぇ……ひぃぃぃぃ」
男の姿が見えなくなると、ナックラ・ビィビィがリャリャナンシーに訊ねる。
「お主はどうする? 同行を辞退するか?」
「貴殿を守ると決めた時から、何を見せられても。
わたしの気持ちは揺るがない……地図作りの旅に連れていってくれ」
「そうか」
ナックラ・ビィビィは、リャリャナンシーの言葉を聞いて嬉しそうに微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます