西の大魔導師【ナックラ・ビィビィ】の地図作り魔導旅

楠本恵士

ナックラ・ビィビィの終焉

高層階のナックラ・ビィビィ

 見た目が美少女の西の大魔導師『ナックラ・ビィビィ』は、高い塔の一室にいた。

 アチの世界から流通してきた、古着を着てテーブルの前で椅子に座り。

 魔導力で稼動する、魔導パソコンPCのモニターを見ながら平面的なキーボードを操作して。

 文字を打ち込んでいた、ナックラ・ビィビィは作業の手を休めるとメガネを外して目頭を押さえる。

「ふぅ……少し休憩するか」

 使い魔が運んできた木製カップに入った、カシスの飲み物を飲みながら、打ち込んでいた文章を再確認する。

「この箇所は、入れ換えた方が意味が伝わりやすいな」

 モニターの文字を指で移動させ、文章の推敲を行う、ナックラ・ビィビィ。

 今まで歩んできた、壮大な旅の歴史を、創作物語として書き残す作業。


 モニターに着信を知らせる表示が現れ、ナックラ・ビィビィが機能を切り換えるとモニターに、ケンタウロス型ミノタウロスの魔物の姿が映し出された。

 下半身が馬の胴体をした、ミノタウロスが言った。

《最終巻の、執筆状況はどうですか?》

「まぁまぁじゃな、ラストの佳境に突入しておる。今日中には書き終わる」

《ムリはなさらないでください……ナックラ・ビィビィ先生の小説は大人気で前巻の、増刷が決定しました。電子書籍の方も盛況です》

「それは、良かった……編集部のみんなにも、体をいたわるように伝えてくれ」


 通信が切れると、ナックラ・ビィビィは胸元を押さえて少し苦しそうな表情をする。

「この体も、そろそろ悲鳴をあげはじめておるな、旅で酷使したからな……限界が近い」


 魔導医者から処方された錠剤薬を飲んで。

 胸の痛みが鎮痛した、ナックラ・ビィビィは椅子から立ち上がると壁のような窓に近づく。

 手を壁にかざすと、壁が窓化して外の風景が現れた。

 立ち並ぶ高層の建造物群の間を、葉翼のドラゴンが飛び。

 プロペラ飛行の乗り物が行き交う、魔導と科学とアチの世界が融合した世界がそこに広がっていた。

 呟くナックラ・ビィビィ。

「最後の旅から、数百年……西方地域も、ずいぶんと様変わりしたものだ」

 テーブルにもどったナックラ・ビィビィは、執筆を再開する。

 残り数行のところで、再び苦しそうな表情で胸を押さえる、ナックラ・ビィビィ。

 脂汗を浮かべている主人の姿に、不安げな使い魔たち。


「うっ……はぁはぁ……まだじゃ、まだ物語は終わってはおらん……あと少しだけ、もってくれ……儂の体」

 苦しみながらも、物語の最後の一行を書き終え。エンドマークを付け終わったナックラ・ビィビィは、最終巻の原稿を編集部へ送信して安堵の表情で呟く。

「終わった……長い旅じゃった」


 走馬灯のように、西の大魔導師『ナックラ・ビィビィ』の脳裏に現れ消えていく、旅の仲間たちとの想い出。

「それなりに、良い人生と旅じゃったな」

 微笑み、椅子から崩れるように床に倒れた。ナックラ・ビィビィの心臓が今、その役目を終えて静かに鼓動を停止する。


 見守っていた使い魔たちも、床に横臥して動かなくなった主人に一礼すると、黒い塵になって拡散して消えていった。


 西の大魔導『ナックラ・ビィビィ』──享年年齢・不明。

 一つの歴史が終焉を迎え、異界大陸国【レザリムス】に新たな時代がはじまった年の出来事だった。


高層階のナックラ・ビィビィ~おわり~

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