第二十八話 オウ、モーレツ! 荒ぶる狂戦士!
「悪いがサキエル君、しばらく
「え? は、はい」
背中に装備していた
「あのう、この剣って……」
いつまで持っていればいいんですか? と咲季が聞こうと思ったその瞬間だった。ヴォルタの体から、まばゆいばかりの閃光が放たれたのである。
カッ!
「きゃあっ!」
思いもよらない事態に、咲季は無意識のうちに
「……これは……
恐るおそる顔を上げた咲季が見たのは、フルプレートアーマーや真紅のマントなどのすべての装備を周囲に
「ウオリャアアアアッ!」
身の毛もよだつような、野生の咆哮を上げるヴォルタ。その様子を、咲季は固唾を呑んで見守っていた。
すると、小さなヴォルタの身体を覆い隠すように、ふさふさとした獣毛が瞬く間に彼女を包み込んでいく。その艶やかな口元には鋭い牙が、
いま、咲季の前に立っていたのは
「ヴォルタさん……!」
咲季の呼びかけに、ゆっくりと
『
しかしそれにしても、なぜヴォルタは「今」獣人化したのだろう? 荒ぶる狂戦士の爪と牙を振るおうにも、目の前にそれをぶつける相手が存在しないではないか。
そんな咲季の疑問をよそに、ヴォルタは手にしていたカッシュの赤い首輪を顔に近づけ、再び目を閉じた。しばらくすると彼女は、宝物庫内に漂うほのかな風に精神を集中させた。
「ガアッ!」
ヴォルタは短く唸り声を上げると、なにかを追いかけるように猛スピードで部屋を飛び出していった。
「……そうか、
咲季は、ヴォルタの意図にようやく気づいた。獣人化は、なにも戦闘力を上げるためだけのものではない。その肉体に秘められた野生の力を引き出し、嗅覚など五感を研ぎ澄ますことが目的だったのだ。
ヴォルタはたったひとつの手がかりとして残されたカッシュの首輪の匂いを嗅ぎ、訓練された
「っと。そうだ、これ」
むろん、一刻も早くヴォルタの後を追うべきだが、彼女が脱ぎ散らかしていった
「マドゥル、オープン!」
咲季がマドラガダラの
「よしっ」
再び
複雑にその構造を変化させる、ランダムダンジョンと化した宝物庫であったが、幸いにも咲季はヴォルタの姿をすぐに見つけることができた。わずか数ブロック先、獣人ヴォルタは唸り声を立てながら、とある部屋の扉の前でその鼻を近づけて嗅ぎ回っていたのである。
「ここですか? ヴォルタさん」
「来たか、サキエル君。どうやら、ふたりはこの部屋の中のようだ」
咲季の姿を見て、ヴォルタは獣人化を解除した。するとそこには、一糸まとわぬ可憐な
「あのう、ヴォルタさん……これ、着てください」
「おお! わざわざ持ってきてくれたのか。すまないな」
咲季が
「……で、どうするんですか?」
「うむ。このまま扉を蹴破って、強行突入といこう」
装備を整え、臨戦態勢となった咲季に対し、ヴォルタは愛剣・テンペストの柄を握り直して言った。
「でも、さっきみたいに結界魔法が張られていて部屋に入れないってこと、ないんでしょうか?」
「ああ、それは問題ない。結界の中にさらに結界を張るということはできないからな。この
「なるほど、そうなんですね!」
さすがに、経験豊富な騎士団長である。見立ても冷静で的確だ。迷宮における初めての戦闘を前に、咲季は大いに頼もしさを感じていた。
「それではサキエル君、手短かに作戦を伝えるぞ。私が先陣を切ってワイトクイーンに襲いかかるから、君は隙を見て
「……え? そ、それだけですか?」
「そうだが、なにか?」
「いえ、それであの、ヴェルチェスカさんやカッシュは……」
「
咲季は、歴戦の勇士たる伝説的騎士団長のヴォルタージェ・ヴェルサーチが、こと戦闘においては意外とノープランで突き進む
「さあ行くぞ、サキエル君!」
「イアッ!」
ヴォルタ団長の掛け声に、咲季は配下の騎士になりきったつもりで応じた。それは、彼女が今までにいちども発したことのないほどの気合いを込めた一声だった。
続く
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