純情エルフは今夜も眠れない。~ダイヤモンド並みの堅物乙女が猫助けしたら剣と魔法のファンタジーRPGの世界に飛ばされて最強魔導師のエルフに転生して無双しまくりと思いきやとんでもなくヤバいことになった件~

猫とトランジスタ

第一話 ダイヤモンド・メイデンは砕けない

 いつもの朝である。


 気がつけば、春から夏へと移りゆく季節。登校してきた生徒たちは、寝ぼけまなこで挨拶あいさつを交わしたり、冗談を飛ばして笑いあったり。そんなごくありふれた、とある高校の正門前。


 そんな長閑のどかな朝の気温が、「彼女」の登場によってきっちり一度シー下がる。


 正門をくぐってやって来たその少女の姿に気づくと、周りの生徒たちは自然と彼女の前の道を開けた。少女は表情を変えることなく、まるで「モーゼの十戒」のワンシーンよろしく目の前に出現した、校舎へと向かうまっすぐな一本道を進んでいく。

 そして校舎に入り、上ばきに履き替え……るのかと思いきや、片隅に備えつけてあったゴミ箱を拾い上げてから、おもむろに自分の靴箱の扉を開けた。


 ドサドサドサッ、と中からこぼれ落ちてきた大量の封書の束を、少女はゴミ箱で平然と受け止めた。さらに彼女は靴箱に右手を突っ込むと、奥に残ったものまでかき出していく。それは、まさに山のように届けられたラブレターであった。

 中にはリボンのかかった贈り物プレゼントと思しきものもあったが、彼女は躊躇ちゅうちょなくゴミ箱へと突っ込んでいく。そんな少女の姿を、生徒たちは声も立てずに遠巻きにして見つめている。


「あー。おはよー、咲季さきちゃーん」


 そのとき静寂を破って発せられた、妙にのんびりとした声のほうに、【咲季さきちゃん】と呼ばれたその少女は、ゴミ箱を抱えたまま向き直った。


「おはよう、結子ゆうぼー。なに、昨夜きのう寝てないの?」

「んんー、八時間くらいかなー」


 丸メガネをずらしながら、【ゆうぼー】こと堀井ほりい結子ゆうこは眠そうに目をこすった。


「たっぷり寝てるじゃないのよ」

「にゃ、あと二時間寝たいのー」


 そう言いながら、ふたりは同じ教室に向かっていった。周囲の生徒たちも我に返って、まるで止まっていた時間がふたたび動き出したかのように、それぞれの教室へと急いでいく。

 あとには、ラブレターとプレゼントがぎっちり詰まったゴミ箱だけがポツンと残されていた。


 以上、ここまでが「ダイヤモンド処女メイデン」こと宝条ほうじょう咲季さきの、毎朝こなしている恒例行事ルーチンワークである。




 宝条咲季。この春、この高校の二年生に進級した十七歳。

 言わずと知れた日本有数の資産家、宝条ほうじょう家のご令嬢である。学園トップの成績にして、一七二センチの長身と抜群のプロポーション。つややかな黒髪ロングに、涼しげな目鼻立ち。

 その、透き通るほどりんとしたクールビューティー&ガッチガチの堅物カタブツっぷりから、鋼鉄の処女アイアン・メイデンならぬ「ダイヤモンド処女メイデン」の異名を持つほど。まさに、存在そのものが奇跡としか言いようがない完璧女子高生パーフェクトJKだ。


 ……となってくると、周りのオスどもは放っておかない。その結果が、これら大量のラブレターである。じつはこの中には、女生徒からの求愛アプローチも少なからず含まれているのだが、いずれにしてもそれらは一通すら読まれることなく、すべてゴミ箱行きとなっているのだ。


「ねー咲季ちゃん、なんでいつもぜんぶ捨てちゃうのー?」

「べつに、興味ないし」


 堀井結子は、咲季にとって幼稚園時代から一度も別クラスになったことがない幼なじみであり、唯一の親友といえる存在である。才色兼備を体現している咲季とは対照的に、十人並みの外見と能力。そして、きわめて平均的なサラリーマン家庭に育ったのんびり温和な性格の彼女を、咲季は親しみを込めて「ゆうぼー」と呼ぶ。


「なんで、ぼー?」

「……ぼーっとしてるから」

「えー、ひどーい」


 どこぞの電気街だか坂道だかを冠したアイドルグループのセンターを張っていてもおかしくない美貌ルックスとは裏腹に、ふだんは無口でほとんど感情を表に出すことのない咲季。そんな彼女に対し、ラブレターなどとまだるっこしい方法を取ることなく、直接言い寄ってくる自信過剰な美男子イケメンも、一応いるにはいた。だが、咲季は社交辞令タテマエすら発することなく、すべてを一瞥いちべつのみで軽くあしらっている。


「だって、めんどくさいし」

「もったいなーい」


 しかし不思議なことに、つれない態度を見せれば見せるほど、告白を袖にすればするほど、ますます噂が噂を呼んで、咲季の注目度はウナギ登りに上がっていった。世界最高峰エベレスト級の高嶺の花を、どうにかしてモノにしたい挑戦者チャレンジャーたちは、いつしか校外からも押し寄せ、決して届かぬラブレターを今日も彼女の靴箱の中に投函していたのである。


「もったいなーい」




「じゃーねー、咲季ちゃん。また明日ー」

「転ばないでよ、ゆうぼー」

「もー、またー」 っとっ


 ともに部活動をしていない咲季と結子は、学校が終わると真っ直ぐに帰宅する。結子と別れた咲季が帰っていったのは、これまたありえないほどの巨大で豪奢ごうしゃな邸宅であった。

 容姿端麗にして文武両道、おまけに実家は超のつく大富豪。「天は二物にぶつを与えず」などというが、いったい彼女は何物なんぶつ与えられれば気がすむのか。もっとも咲季は、自分自身の境遇を誇ることも悩むことも、毛の先すら考えない性分なのだが。



「ただいま……」


 重い玄関扉を開けた咲季に対し、今日も出迎える声はない。一言で「資産家」といっても、実際は大小さまざまな仕事をしているものだ。宝条家に関してもそれは例外ではなく、彼女の両親はつねに不在がちであった。


「ふう……」


 自室に戻り、手早く制服セーラーから部屋着スウェットに着替えると、咲季はデスクのパソコンの待機状態スリープを解除した。そして、手慣れた様子でアイコンをダブルクリックして、とあるゲームを立ち上げる。



『ドラゴンファンタジスタ2』。これこそが、「いまカノジョにしたい女子高生ランキング」二年連続ぶっちぎりナンバーワンの宝条咲季が、もっともハマりにハマりまくっているオンラインRPGである。




続く


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