第510話


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「香月高校―――六番―――」


 六番打者が打席に立つ。

 相手校の監督がサインを送る。

 六番打者が頷く。


(リクオの調子を考えると厳しい状況だが―――リードを変えていくしかない)


 ハインがサインを送る。

 陸雄が頷いて、セットポジションで投げ込む。

 指先からボールが離れる。

 真ん中高めにボールが飛んでいく。

 打者手前でボールが右に曲がりながら落ちる。

 六番打者がバントのモーションに入る。


「えっ? ―――スクイズ?」


 陸雄が意外だったのか呆気にとられる。

 コンッと言う金属音でファースト方向の中間よりもやや下に転がっていく。

 三塁の三岳が既にホームベースに向かって走る。

 ピッチャーの陸雄がボールの方向に走り、ボールを捕りに行く。

 二塁の佐伯が三塁に走る。

 ボールを捕った陸雄が星川に送球する。

 星川が塁を踏んだまま捕球体制に入る。

 一塁ランナーが二塁に走る。

 星川のグローブにボールが入る。


「―――アウト!」


 塁審が宣言したころには三岳がホームベースを踏んでいた。

 香月高校に4点目が入る。

 佐伯が三塁に残りのランナーが二塁を踏む。

 ワンアウトの状況で同点となる。

 空がゴロゴロっと雷の音が鳴り始める。


「試合も雲行きも怪しくなってきたぜ」


 陸雄がそう呟いて、マウンドに戻る。

 ハインが座り込む。

 九衛が野次を飛ばす。


「おい、アホチェリー! 初球をさっきからバカスカ打たれてんじゃねーぞ! 草野球なら球場の外の空き地でやれ!」


 陸雄がムッとして、九衛を睨む。


「小学生から野球も学業もやり直してこーい!」


「うっせえなぁ! 打たれまくったもんはしょうがないだろ! 草野球やってんじゃないやい!」


 ショートの紫崎がフッと笑う。


「フッ、草野球を高校野球の五回戦で披露しているのか? バカ試合の職人だな狙って出来る確率じゃないぞ?」


「がっはっはっ! 紫崎、たまには良いこと言うじゃねぇか! バカ職人! これ以上打たれたら俺様がチンピラ野郎に頼んで中野監督のおっぱいにお前の顔を挟んで骨を潰しちまうぞ!」


 九衛が下ネタ全開で陸雄を煽る。

 星川が苦笑いで声を出す。


「胸で顔が潰れるって、陸雄君の骨はスライム並みに脆いんですかね? ちょっとエッチなのかグロテスクなのか判断に困る絵柄を想像しちゃいましたよ。というかバカ職人って略し方だとなんか勘違いを受ける名称ですね」


「星川君まで参加することないだろ! くっそー! なんだよ、もう! まだ三回の裏だぞ? 試合はまだ長いんだよ!」


 陸雄がマウンドでプンスカ怒る。

 やり取りを聞いていたセンターの灰田が呆れる。


「何言ってんだあいつら……こんなところでいつものバカしてる場合じゃねぇつーの……」


 ベンチの中野監督が自分の胸を見て、すぐにグラウンドを見る。

 古川がスコアブックを書き、無表情で頬杖を突く。


「いつもの練習中のみんなですね。九衛君の発言は下品ですけど―――」


「まぁ、後で試合終わったらセクハラの連帯責任でグラウンド五週だな」


 中野監督がそう答えて、腕を組む。

 ベンチの松渡と坂崎は笑っていいのか、和んでいいのか微妙な笑みをお互いに浮かべていた。



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