第460話


 練習が終わり―――陸雄が家に帰った時間。


「母さん―――ちょっと清香来る前に軽く走ってくる」


 陸雄がジャージに着替えて、ナップザックをしょい込む。


「早めに帰るのよ。ユニフォーム洗濯はどうしたの? ここのところ綺麗なってるじゃない? お弁当も作らなくていいって言ってるし、買い弁でもしてるの?」


 母親がキッチン越しに話す。


「新しいマネージャーが入って、洗濯とか昼飯作れるようになったんだよ。大助かりだぜ」


「そういう人の縁は大事にしなさいよ」


「解ってるって、んじゃあ河川敷まで走ってくるから、後で清香来たら頼むわ」


「清香ちゃんはこの時間は家で勉強してるでしょ? あんたがいつものように走り終えて、シャワー浴びてる頃には来るわよ」


「人の縁は大事にしてるぜ。その用事も今日あるしな。んじゃあ行ってきまーす」


 陸雄がそう言って、準備を終えて走る。



 陸雄が夜に走り始めた時間―――。

 ガレージ付きの一軒家の二階の窓からカーテン越しの光が僅かに見える。

 部屋の中ではデスクトップのパソコンで作業をしている女性がいる。

 その女性は―――実家暮らしの中野沙耶だった。


(あいつらを勝たせるためには最善を尽くさねばな)


 中野監督がそう思い、パソコンでスケジュール調整をしている。

 そのパソコンの今大会のデータを見る。


「やはり例年通りというか、残るべくして残ったか―――」


 そう呟いて、モニターの文字を見る。

 兵庫の16校の中に―――兵庫四強の高校が残っていた。

 中野監督が試合の動画を再生していく。


(ベスト16に初入りした高校もあるが、どれも兵庫の四強と当たる組み合わせか―――)


 ある程度の試合を見た後に対策練習のスケジュールを組み立てる。


(おそらく勝ち続ければ、兵庫の四強全てと当たる可能性が高い―――切り札を残している状態とは言え、今後は厳しい戦いになっていく)


 組み立て終わり、椅子に座り込んだまま考え込む。


(今度の五回戦も長い試合になりかねんな。悪いことが起らなければいいが―――)


 そう思い、パソコンのデータを保存し終える。

 そのまま下の階に降りる。

 机に置いてある日本酒を見る。


「甲子園出場したら、それを酒の肴にして飲むか」


 そう思い、イカの塩焼きを作って、食べる。

 食べ終わり、家のドアが開く音が聞こえる。


「沙耶ー。夕食勝ってきたわよ! 仕事帰りのパパが霜降りのステーキ買ってきたわよ。荷物持ってくれない?」


 中野監督の母親の声が玄関から聞こえた。


「ママ、今行くわ」


 中野監督が子供に戻ったように玄関に移動する。

 中野監督の父親は医療メーカーで働いている社長だ。

 母親はパン屋の企業で定時で働いている正社員なので三人で働いている。

 話せる時間は限られているので―――家族の輪を中野監督は大切にしている。


「そう言えばお見合いの話断り続けているわね。そんなにこの家にいたいの? 別に将来の旦那さんと一緒にここに暮らしてもいいのよ?」


 荷物を渡した後に母親がそう質問する。


「ママ。お見合いしなくていいの。高校でカッコいい男の人見つけたから―――」


 そう言って、袋を持ってキッチンに移動する。

 中野監督の父親が話に加わる。


「高校生はダメだぞ? ちゃんと成人してちゃんとした仕事に着いていないとパパは納得しないからな」


「パパ。その人はちゃんと卒業したら、いい仕事に数年後になるからその時に紹介するね」


 そう言って、冷蔵庫に食材を入れていく。


「それなら別にいいぞ。お酒もほどほどにな」


 父親がそう言って、机の上の日本酒を片付ける。


「まだ先になるが、結婚相手はどんな子なんだ?」


 父親の質問に中野監督は笑顔で答える。


「人の三倍は頑張れる若くてカッコいい子だよ」


「そうか、そうか―――それは楽しみだな。子育ては出来れば内職の方が助かるからその時に結婚出来るかどうか相談だな」


「そうね。貴方。そろそろご飯にしましょう。沙耶。手伝ってくれる?」


 中野監督が頷いて、調理準備に入る。

 一方でアパートに一人暮らしをしている灰田がくしゃみをする。

 そのまま絵描き作業に戻っていく。



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