第385話


 一塁側の柊が口に手を当てる。


「そんな―――満塁になっちゃった」


 柊が声を漏らす。


「灰田~。まだ取り返せる点だから気にしちゃダメだよ~」


 そう言った松渡が灰田に送球する。


(灰田~。ここを乗り越えて強くならなきゃ良い投手にはなれないよ~。頑張って~)


 松渡の思いとは裏腹に灰田が悔し気にボールを受け取る。

 そして背中を向ける。


(ここで本塁打を打たれたら、勝ちが遠ざかる。俺が何とかしねぇと―――)


 灰田が歯をかみしめて、打席を見る。

 ハインは表情を変えずに座り込む。

 その青い瞳はこの試合の全てを見据えているような透き通った眼だった―――。

 その瞳にビクッとした灰田だったが、呼吸を整える。

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「白石高校―――六番―――ピッチャー、速水君―――」


 速水が右打席に立つ。


「……俺達に勝てるというdream(夢)を捨てると良いさ……」


 速水がハインにそう言って、構える。

 ハインが無視して、サインを送る。

 灰田が渋々頷く。

 そしてクイックモーションで投げ込む。

 指先からボールが離れる。

 真ん中高めにボールが飛んでいく。


「……俺の……」


 速水がタイミングを合わせて、スイングする。


「……得意コースさ……」


 バットの芯にボールが当たる。


「なにぃ! やっぱりかよ!」


 灰田が声を漏らす。

 右中間にボールが飛んでいく。

 二塁の山田が三塁に走り―――。

 一塁ランナーが二塁に走る。

 速水はバットを捨てて、一塁に走る。

 

「ま~た。俺様が援護すんのかよ!」


 センターの九衛が打球の方向に走る。

 駒島のグローブの先端に当たる。


「いってぇ! 何すんじゃい! あのクソポエマーが!」


 貧相な駒島がゴリラのように威嚇したポーズを取り、足をドタバタさせる。


「レンジ! ひとつだ!」


 ハインが立ち上がって、声を出す。

 九衛が転がるボールをグローブで拾う。


「金髪と言い、長野のキモデブと言い―――ったく! いくぜ! 俺様―――レーザービーム!」


 九衛がファーストに送球する。

 山田が三塁を踏み終える。

 一塁ランナーが二塁を踏む―――。

 星川が塁を踏んで捕球体制に入る。

 三塁ランナーがホームベースを踏む。

 6点目が入る。

 打者の速水が一塁を蹴り上げる。

 星川がそのままグローブで捕球する。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。


「追加点で6点目が入ったじゃんか! 速水、ナイスじゃんか!」


 三塁の山田が両手をカモメの翼のように振る。


「……冗談じゃねぇ……騒がしい……奴さ……」


 一塁の速水が塁を踏み続ける。



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