第343話

 図書館に残ったのは五人だけだった。

 席を変えて―――。

 坂崎、星川と松渡―――。

 それと九衛と灰田が残る。


「甲子園、か―――なんだかんだで四回戦まで上がってきちまったな」


 灰田が問題を解く手を止めて、教科書から目を離す。

 坂崎もその言葉にドキリっとする。


「か、考えてみれば凄いことだよね。ほ、ほとんど一年生ばかりなのに他校の上級生相手に勝ってるんだし……」


 松渡が理系科目の問題を解き終えて、別の話題に変える。


「それはそれとして陸雄は今頃デート帰りにニコニコしているのかな~?」


「上手く行ってると良いですね。ああ見えて、実は奥手そうですしね」


 星川が夏休みの宿題をメンバーと一緒にだいぶ終えて、気軽に話題に加わる。


「なんで星川がそこで大人なセリフ言うんだよ? まぁ、誰と誰がくっつくなんて、俺はどうでもいいけどな」


 灰田がそう言って、終わった科目の教科書やノート、問題集をカバンに入れていく。


「中野監督に寵愛受けてる奴は言うことが違うな。投手もできる奴はなんだかんだああは言ったが、やはり違うな」


 九衛がからかうように灰田に横目でニヤリッと笑って、茶化す。


「あのなぁ―――別に贔屓されてるわけじゃねーよ。投手のブランクとあの試合での炎上は今後の試合に不安なんだよ」


「強面野郎は気にしすぎなんだよ」


「じゃあ聞くけどよ。俺だけじゃなくはじめんも炎上したらどうすんだよ? 投手って戦犯だと辛いんだぜ? しかも一度しかないチャンスのトーナメント式の高校の試合でだぜ?」


 灰田の言葉に九衛よりも先に松渡が話す。


「え~? 実戦で投げたのにまだ不安なの~? 慣れなよ~」


 九衛も同じことが言いたかったのか―――黙って、涼しい表情で灰田を見る。

 灰田が残りの科目を広げて、不安を打ち明ける。


「ハインがいないから言うけどよ。前回の試合で打者に打たれまくってろ?」


 松渡がその時の試合を思い出したのか、困った顔をする。


「あ~、ノーストライクで相手にバスターされて結果として四球もあったね~」


「それくらい、他の投手にもあると思いますよ。灰田君は引きずりすぎです。僕が打者ならその弱った隙に打てる時に打ちますよ」


 星川の言葉に九衛がハッと笑って、星川の肩を叩く。


「俺様も打席に立てば星川君と同じ意見だわ。チンピラ野郎はちっちぇなぁ~」


 星川も九衛に肩をポンッと叩いて、話す


「灰田君、打たれても僕たちが取り返しますから、安心してください!」


「そういうことだ。チンピラ野郎!」


 星川と九衛は二人でほぼ同時にサムズアップした。

 とても頼りになるが―――とても軽い笑顔だった。

 だが打てそうなオーラを試合外の勉強中の図書館で放つ。

 松渡がその仕草でクスッと笑う。


「あはは~。頼りになるね~。なら僕も打たれても投球が気楽に出来るね~」


「はじめんは抑えて当然みたいな空気あるだろ? 俺はなんか三回戦で泥試合だからさ」


 灰田が間髪入れずに突っ込む。


「えぇ~? 自己紹介の時の陸雄と同じで差別~! 四回戦も投げるんだし、変なイメージ持たない方がいいよ~」


「わ、解るかも―――わ、悪いけど灰田君は打たれやすいし、松渡君は抑えてるイメージある。り、陸雄君はその時その時で違ってくる不思議な印象受けるよ」


「坂崎も酷くない~? 僕は打たれるときは打たれるよ~」


 灰田が残りの現国の科目を解いているときに―――九衛が声をかける。


「安心しろチンピラ野郎。打たれた投手の回復の秘訣が実はある」


 灰田と松渡が興味が湧いたのか九衛を見る。


「な、何か投手での大事な秘訣あるのかよ? 教えてくれよ、強面野郎!」


「ああ、あるぜ。―――とっておきのがな」


「気になるな~。僕にも教えてよ~」


 坂崎も無言だが、九衛を見る。

 星川が数学の問題を解きつつ―――聞き耳を立てる。


「―――それは」


 九衛が僅かに間を置いて―――口を開く。


「それは? なんがよ? 勿体ぶらず早よ教えろや」


 灰田が妙な九州訛りで食いつくように声を出す。

 九衛がシリアスな表情でバッサリと言い放つ。


「―――利敵行為にならないようにマウンドで投手を思いっきり大声で煽り散らす!」


「「えぇ…………」」


 九衛の答えにメンバーがドン引きする。



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