第300話

 セカンドの九衛がキャッチして、陸雄に送球する。


「チェリー! 気にすんな。打たれるって俺様も解ってたから―――」


 九衛がいつものように煽り、陸雄が捕球する。


「このイニングで張元に回したら、俺様でも馬鹿試合戦犯だと罵るからな?」


「うっせぇなぁ! わかってるよ! 打たれちまったのは仕方ないから、俺が二人抑えっから―――黙ってろ!」


 陸雄がそう言って、キャッチャーボックスを見る。

 ハインが座り込んだまま考える。


「マイノミの言うように、この強風では厳しいコースに変化球は投げれない。きわどいコースはボール球になるからだ―――それを読まれていたとはいえ、リードを変えるだけだ」


 ハインがそうボヤいて、一息つく。

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「淳爛高等学校―――八番―――」


 八番打者が打席に立つ。

 風が強くなる。

 相手校の監督がサインを送る。

 打者が頷いて、構える。


(この強風の状況では―――援護頼りになるが―――)


 ハインがサインを送る。

 陸雄が頷く。

 セットポジションで投げ込む。

 その時―――。

 二塁の真伊已が盗塁する。


「スチールですか! リードの幅低いのに!」


 星川が驚く。

 陸雄の指先からボールが離れる。

 打者が真ん中高めのストレートのボールを見送る。

 ハインのミットにボールが入る。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 その間に―――ハインが立ち上がる。

 そのまま三塁に送球する。

 坂崎が塁を踏んで、捕球する。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。

 真伊已が三塁にスライディングでスパイクに塁を踏んでいた。


「マジかよ……ワンアウト、三塁―――陸雄。ここでスクイズされたら同点になるぜ」


 センターの灰田が声を漏らす。

 坂崎が送球する。

 陸雄が受け取り、息を整える。


「落ち着け。盗塁されたとはいえ、ワンストライク。二球で仕留めればこの回は抑えられる」


 八番打者が構える。

 ハインがサインを送る。


(強風を敢えて利用しよう―――陸雄。ここに投げ込め―――)


(わかったぜ。ハイン―――ちと厳しいがそれでいこう!)


 陸雄が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 その瞬間―――。

 相手がバントの構えを取る。


「フッ、やはりスクイズか―――」


 ショートの紫崎が前に出る。

 打者手前でボールが右に曲がりながら落ちる。

 しかし左に吹く強風で、それほど右に落ちてこない。

 相手の打者がバントするバットの下にボールが入る。

 バントするバットのボールが当たらなかった―――。

 低めのボールがハインのミットに収まる。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに121キロの球速が表示される。

 相手がバントしている状況では―――ボールがストライクゾーンに外れていても原則ストライク扱いになる。

 ツーストライクの状況でハインが返球する。


(左からの強風でカーブの軌道を調節させた―――ほぼストレートのようなものだが、相手はカーブを当てる気だった。リクオ、よくやった)


 陸雄がボールをキャッチする。

 相手の打者がバントを止めて、構える。

 陸雄も構え、ハインのサインを待つ。


(ハイン。低め危なかったけど―――次どうする?)


(―――定番どころで投げる)


 ハインがサインを送る。

 陸雄が頷いて、セットポジションで投げ込む。

 指先からボールが離れる。

 内角高めにボールが飛んでいく。

 相手がまたバントの構えを取る。

 バットをコースの上に当てるよりも早く―――。

 ボールがミットに風で押し出されるように入る。


「―――ストライク! バッターアウト!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに139キロの球速が表示される。


「やったぜ! 風の押し出しでストレートが3キロだけ早くなった」


 八番打者のスクイズは失敗した。



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