第294話


 ベンチの真伊已が陸雄を見る。


「なるほど―――球速は俺よりは早い。あの乾丈が注目するだけはあるが―――」


 二番打者が打席に入る。

 真伊已はじっくりと陸雄を観察する。


「―――130キロ以上を平均的に投げる投手は才能に恵まれているというが……」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「淳爛高等学校―――二番―――」


 真伊已が言葉を続ける。


「早い球と遅い変化球では後者が打ち取りにくい―――目が慣れれば、終わりですよ……」


 真伊已の言葉にチームがやる気を出す。


「真伊已! 俺っちも次は打ってやるから、しっかり抑えろよ」


「そのつもりですよ―――張元先輩―――。監督―――おそらく次は遅めの変化球中心で来るはずです」


 その言葉を聞いて、監督がサインを送る。

 二番打者が頷いて、構える。

 この時ばかりは監督も―――真伊已の投手としての勘を信頼していた。

 ハインがサインを送る。

 陸雄が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 二番打者がタイミングを合わせる。

 真ん中やや低めにボールが飛んでいく。

 打者が下にスイングする。

 打者手前でボールが一個分落ちる。

 バットの軸にそのボールが当たる。


「初球打ち! 不味い!」


 陸雄が声を漏らす。

 打たれたボールは陸雄の左方向にバウンドする。


「くっそ! 届かねぇ!」


 陸雄がボールの方向に振り向く。

 一塁に打者が走る。

 ショートの紫崎がボールをグローブですくい上げるように捕る。

 そのまま星川に向かって―――送球する。

 星川が塁を踏んで捕球体制に入る。

 グローブに捕球する音と塁を蹴り上げる音は―――ほぼ同時だった。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。

 陸雄が帽子をかぶり直す。


「あー……打たれちまったか。しゃーないな……星川君、ボール頼む」


 陸雄がそう言って、星川からボールを受け取る。

 同点のランナーが一塁に出る。

 ベンチの真伊已が口を歪ませる。


「やはり―――投げてきましたか―――キャプテン(四番)までに回ってくるから、逆転は出来る」


 そう言って、真伊已がベンチでマウンドを見る。


「見せてもらいましょうか……全国に行けるかどうかの―――バッテリーとしての資質を……」


 真伊已が言い終えた後で、ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「淳爛高等学校―――三番―――」


 三番打者が打席に入る。

 監督のサインに打者が頷く。


(俺の後の打者はキャプテンだ。前の投手の灰田ってやつから、ホームランも打ってる。俺が出塁して、四番のキャプテンに繋げなきゃな!)


 そう思い―――打者が構える。

 ハインがサインを送る。

 陸雄が頷く。

 セットポジションで投げ込む。

 三番打者がジッと見る。

 陸雄の指先からボールが離れる。

 外角低めにボールが飛んでいく。


(監督のサインどうり―――)


 三番打者がスイングする。


(―――初球は早めのストレート!)


 バットの軸にボールが当たる。

 ハインが眉をピクリと動かす。


(リードを読まれている?)


 ハインがそう思うと同時に、三遊間にボールが飛んでいく。

 一塁ランナーが二塁に走る。

 打者が一塁に走る。

 ショートの紫崎が高めのボールをジャンピングキャッチで捕ろうとする。

 ボールがグローブの先端で掠めて、軌道が変わる。


「僅かに―――届かないか―――!」


 悔しげに言った紫崎がそのまま着地する。

 センター方向にボールが低く飛ぶ。

 灰田が前を走りながら、ボールに近づく。

 そして灰田の手前でボールがバウンドする。

 一塁ランナーが二塁を蹴る。

 そのまま三塁に向かう。


「灰田! みっつだ!」


 陸雄が声を出す。


「―――っち! 三塁まで行かせっかよ!」


 灰田がサードに送球する。

 打者は既に一塁を蹴っていた。

 二塁を蹴ったランナーが三塁に走る。

 塁を踏まずに坂崎が捕球する。

 そのままボールが入ったグローブでランナーをタッチしようとする。

 僅かにランナーがスライディングして―――グローブから逃れる。


「あ、ま、不味い!」


 坂崎がタッチを外して、スライディングしたランナーを追う。

 ランナーのスパイクは三塁に触れていた。

 坂崎が塁を踏む。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。

 スタンドから歓声が上がる。

 陸雄が少し肩に力を入れる。


「ランナーが一、三塁か―――不味いことになったな」




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