第284話

 ネクストバッターサークルの真伊已が打席に移動する。

 六番打者が真伊已に助言する。


「気をつけろ。あいつはカーブ投げてくる」


 真伊已が無言で頷く。

 ―――集中している様子だった。


「淳爛高等学校―――七番―――ピッチャー、真伊已君―――」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 真伊已が左打席に立つ。

 ハインに声をかけずに集中して、陸雄をみる。


(真伊已―――今度はお前が打者、そして俺が投手として勝負してやる―――)


 陸雄のボールを握る力が強くなる。

 ハインがサインを送る。

 陸雄が頷いて、セットポジションに入る。

 真伊已が自分と同じセットポジションのフォームをジッと見る。

 指先からボールが離れる。

 真ん中低めにボールが飛んでいく。

 真伊已がタイミングを合わせて、スイングする。

 打者手前でボールが右に曲がりながら落ちていく。

 真伊已がバットの芯にボールを当てる。


(俺と同じセットポジションのカーブ―――捉えられないと思いですか?)


 真伊已がバットでボールを引っ張る。

 カキンッという金属音と共にボールが二遊間に高く飛ぶ。


「軌道を完全に読んでやがった! 紫崎! 頼む!」


 陸雄が振り向いて、声を上げる。

 ショートの紫崎が高めに飛ぶボールをジャンピングキャッチしようとする。

 真伊已が一塁に走っていく。

 一塁ランナーが二塁に走る。

 九衛が二塁を踏んで捕球体制に入る。


「くっ! 届かない―――か」


 紫崎がグローブの先端にボールを掠める。

 軌道がレフト方向に変わって、飛んでいく。

 レフトの錦が走り出す。

 ショートとレフトの中間位置より、やや奥にボールがバウンドする。

 この瞬間―――フェアとなる。

 錦がたどり着く頃には二塁に向かって―――ランナーがあと僅かの距離。

 錦がグローブでボールを浮かせる。

 空中に浮いているボールを素手で持ち、送球する。

 二塁ではなく、一塁にボールが飛んでいく。

 真伊已が一塁を蹴り上げる。

 一塁を踏んだ星川のグローブにボールが入る。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。

 真伊已が一塁に戻っていく。


(俺と同じセットポジションでカーブを投げている同じ投手だからこそ軌道も読める―――他の球種なら状況は変わってましたけどね)


「球速が真伊已と3キロほど違ってたのに打たれるのかよ。ランナーが一、二塁かぁ……これ以上増やすわけにもいかんしな」


 星川からボールを受け取った陸雄が空を見上げて、そうボヤく。

 青空の飛行機雲を見て、閃く。


(次はスライダーを使わずにまっすぐで仕掛けてみるか?)




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