第272話

「大森高校、一番―――キャッチャー。ハイン君―――」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 ハインが右打席に立つ。


「さて、ここからですか―――」


 ボールを受け取った真伊已が構える。

 中野監督がサインを送る。

 ハインがそれを見て、ヘルメットに指を当てる。


(どうする真伊已? 初球からパームボールいくか?)


 捕手がサインを送る。


(九番打者の後に風が吹き始めてきました。パームボールは風が弱まるまで多様出来ません)


 真伊已が首を振る。


(それなら仕方ない。すぐに弱まる風だから、他の変化球でいこう)


 捕手がサインを送り、真伊已が頷く。


(風が吹き始めている。パームボールは投げてこないだろう。マイノミが投げる球種は絞られる)


 ハインが構える。

 セットポジションで真伊已が投げ込む。

 指先からボールが離れる。

 内角高めにボールが飛んでいく。


(これは変化球に見せかけたストレートの誘い球―――それなら)


 ハインが見送る。

 捕手のミットにボールが収まる。


「―――ボール!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに127キロの球速が表示される。


(流石によく見ていますか―――次は振らせないと不味いですしね)


 真伊已が捕手から返球されたボールを受け取る。

 ハインが構えるを解かない。


(変化球だと思わせるコースに投げるぞ)


 捕手がサインを送る。

 真伊已が頷いて、セットポジションで投げ込む。

 指先からボールが離れる。

 真ん中やや下にボールが飛んでいく。

 ハインが早めにスイングする。

 打者手前でボールが変化せずにバットがボールより上にスイングさせる。

 捕手のミットにそのまま収まる。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに121キロの球速が表示される。

 ハインが構え直す。

 捕手が返球する。


(いいぞ! 相手の打者がカーブと踏んでストレートに騙された。チャンスだ)


 真伊已が受け取って、そのサインに頷く。


(カーブとほぼ同じ球速なのが、効いてますね。ハインさん攻略にこれは一度だけですが通用する)


 そう思った真伊已がセットポジションに入る。

 ハインがジッと見る。

 指先からボールが離れる。

 真ん中やや下にボールが飛んでいく。

 ハインがタイミングを合わせて、フルスイングする。

 打者手前でボールが右に曲がりながら落ちていく。


(さっきとほぼ同じ球速だが、ひっかけのカーブですよ。ツーストライクに―――)


 変化したボールの場所にバットの芯に当たる。


「「―――何っ!?」」


 真伊已と捕手が声を漏らす。

 ハインが力の限りボールをバットで引っ張る。

 ボールはライト方向に高く飛んでいく。

 真伊已が後ろを振り向く。


「そんな馬鹿なっ! 確かに二球目のストレートをカーブだと思い、空振りしたはず―――!」


 ライトがボールを追うのを止める。

 無人のスタンド方向にボールがスッと入ったからだ。

 観客席から歓声が沸き上がる。

 ―――ホームランだった。

 一塁の坂崎が喜びながら塁を踏んでいく。


(同じコースでも緩急をつけなければ変化球でも打てる状況だった。捕手のリードの甘さがマイノミから点を貰ったな)


 ハインも坂崎に続いて、類を次々と踏んでいく。

 ネクストバッターの紫崎がフッと笑う。


「フッ、俺の仕事を減らしたな。出塁だけで十分か―――全くハインは大した選手だよ」


 その間に坂崎がホームベースを踏む。

 5点目が入る。

 紫崎が坂崎にタッチする。

 坂崎が喜びながらベンチに戻る。

 真伊已が苦い顔をする。


(俺が侮っていたとでも言うのか? いや、配球に問題があったのか、ハインはキャッチャーだ。配球心理を理解している)


 真伊已が考え込んでいる間―――。

 ハインがホームベースを踏む。


(わざとストレート球をカーブと思わせて空振りして、正解だったな)


 ハインがベンチに戻っていく。

 大森高校にこれで6点目が入る。

 紫崎がハインにバトンタッチする。


「タカシ。パームボールはこの風では一時的だが来ない。残った変化球のカーブとスローカーブと緩急を警戒しろ」


「フッ、解った。灰田の自責点をこのイニングで大きく取り返すぞ」



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