第224話

「陸雄ー。試合頑張ってねー♪」


「あ、ああ。まかせとけつーの―――ううっ……ズキズキする」


 清香が笑顔で手を振る中で、陸雄が後姿で手を振る。

 その上げた右手は若干震えていた。

 胃痛から来る痙攣のようだった。


(星川君―――清香は料理がダメだから、仮に結ばれるとは言え将来安泰も何もない―――殺人的な胃の痛さだ!)


 胃を摩りながら、家を出る。


「試合前までに収まれば良いんだけど……ううっ……」


 陸雄は鞄スポーツバッグの中にある消化薬を取り出す。

 そしてミネラルウォーターと一緒に錠剤を飲んだ。


「バスまで時間あるし、駅前のトイレでもう一回出すもんだしておこう」



 大森高校野球部が乗っているバスの中―――。

 目的地の球場に向かって、バスが揺れる。

 陸雄は一度もしゃべらずに窓際の席に座っている。

 ハインはそんな気遣ってか、訳を話さない陸雄を気にせずに松渡とサインの確認の話をしている。

 陸雄と相席の星川はガムを噛んでリラックスしている。

 錦は奥の席で一人瞑想をしている。

 紫崎と九衞は相席で打てる時と打てない時の打者の論議を始めている。

 灰田は坂崎に頼み込み―――指のマッサージをしていた。

 駒島は大城と一緒にエロゲーの話をしている。

 部長の鉄山先生が運転する中で、中野監督が立ち上がる。


「試合前の球場までに念のため、相手校の復習に入る。古川、頼む」


 メンバーが作業を止めて、注目する。

 星川がガムを口から出して、銀紙に包み込む。

 中野監督の隣に座っていた古川が立ち上がる。


「偵察後に前々から話していた三回戦の相手校の簡略的な説明をします」


 古川が立ち上がったまま用紙を読み上げる。

 ハインがやや複雑な表情をする。

 偵察の女装が軽いトラウマになったようだ。


「淳爛高等学校(じゅんらんこうとうがっこう)は二、三年生が主力のチームです。今回の公式試合からも一年生を多用する傾向は滅多にありません」


「あいつらからしたら、錦先輩と俺様達の一年チームが主力とは信じられないっと思ってるだろうな」


 九衞が気楽に話す。


「九衞。相手の慢心は隙を生むが、それは今日まで残ってきた私達にも言えることだ。油断するなよ」


「うっいす! しっかり点取っておきますよ」


「頼もしい事だな。古川―――投手の確認説明を頼む」


 古川が説明を続ける。


「真伊已君が主力投手で二回戦までリリーフでした。今回は完投のケースが考えられます」


 星川が未公開の情報に疑問を持つ。


「なんで僕らの試合で、しかも三回戦で完投するって断言できるんですか?」


「星川。おそらく錦対策で全打席で抑えることが出来れば―――甲子園出場に通じると踏んでいるからだ」


 中野監督がそう答える。



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