第116話


 捕手がサインを出す。

 戸枝が頷いて、タイミングをずらして投球モーションに入る。

 ハインがじっと観察する。

 指先からボールが離れる。

 ボールが内角やや低めに飛ぶ。


(当たりか―――)


 打者の手元で少し沈むようにボールが落ちる。

 ハインはその位置を知っていたかのようにバットを振る。

 相手の捕手が驚く。


(馬鹿な! チェンジアップを初見で打つだと―――!)


 四球目のチェンジアップをバットの軸の中心に当てる。

 そのまま力を入れて、引っ張る。

 カキンッと言う金属音と共にボールが飛ぶ。

 ハインがバットを捨てて、一塁に向かって走る。

 セカンドとショートが動く。

 捕り損ねて損ねて、ボールが二遊間を抜ける。

 ハインが一塁を蹴る。

 レフトが手前に転がるボールを捕球する。

 一塁を見るがハインはいない。 


「レフト! 一つじゃない! 二つだ!」


 捕手が叫ぶ。

 慌てたレフトが二塁に走るハインを見て、送球する。

 ハインがスライディングで二塁に止まる。

 セカンドに遅れて、ボールが届く。


「―――セーフ!」


 捕球した時に塁審が宣言する。

 ベンチの星川が喜ぶ。


「やりましたよ! ハイン君のツーベースヒットです!」


「やったな! 初打席とは言え、流石ハインだぜ!」


 嬉しそうに灰田が星川の方に腕を回す。

 二塁到着後にハインがむくりと起き上がる。

 戸枝が二塁を見て―――少し悔しそうにそしてどこか嬉しそうな表情を見せる。


「流石ハインだな。俺のチェンジアップを初見で打ちやがった。昔よりエグさが増してやがる」


 二塁を踏んだハインがバッティンググローブを口で噛んで外す。


(一回戦の投手で相手のタイミングをズラすチェンジアップは見ている。さらにタイミングを取りづらくするセットポジションでのアンダースローとはいえ、ツヨシのフォームを見た後で合わせれば造作もない)


 そしてグローブを尻ポケットに入れる。

 ハインのプレーに観客席が騒ぐ。


「二番、ショート―――紫崎君―――」


 ウグイス嬢のアナウンスで紫崎が右打席に立つ。


(戸枝は何度かシニアで練習試合も含めて相手をしていた。知り尽くした相手だが、油断は出来ない)


 中野監督のサインを見る。

 

(初球から振って、二球目はあの仕草を使って待てか。そして三球目からあるコースに来るから流し打ち―――か)


 ヘルメットに指を当てて、サインを確認した紫崎がバットを構える。

 戸枝が一息入れる。


(次は紫崎か、シニア時代に変化球を打たれた記憶が蘇るが―――今日こそ、その記憶を塗り替える)


「―――プレイ!」


 審判が宣言する。

 捕手がサインする。


(先輩、そのコースは紫崎の得意コースです。変えてください)


 戸枝が首を振る。

 捕手が苛立たし気にサインを変える。 

 戸枝が頷き、セットポジションで投球モーションに入る。

 紫崎がじっと見る。

 指先からボールが離れる。

 外角やや低めにボールが飛ぶ。

 紫崎がタイミングが合わずにバットを振る。

 捕手がキャッチする。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。


(なんだ? 初球から振りやがった―――タイミングも合わねぇみたいだし、ボールも見えてないな。よし、戸枝―――この打者なら余裕だ)


 安心した捕手が返球する。

 戸枝がキャッチする。

 紫崎がバットを構え直す。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る