第57話

「一回の表。大森高校の攻撃は……一番キャッチャー。ハイン君。背番号二番」


 ウグイス嬢の声と共に、ハインが右側のバッターボックスに立つ。


「―――プレイ!」


 球審が片手をあげて―――声を高らかに上げる。

 ハインが金属バットをしっかりと握り、相手投手をじっと見つめる。


(一番打者は捕手か―――飛ばすのかどうか、分かりにくい奴だな)


 横田がボールを握る。

 捕手がサインを出す。

 横田が首を振る。


(まずは一球変化球で投げる!)


 横田が構える。

 ハインが投球モーションをジッと微動だにせずに見る。

 打者手前でボールが少し横に動く。 

 

「ストライク!」


 捕手のミットに収まり、球審が宣言する。


(成程、カットボールをやや外に投げたか―――ならば次の球はおそらく―――)


 ハインがバットを構え直す。


(無反応か。へっ、ビビる必要はないな。セオリー通りに投げるか)


 横田が捕手から投げたボールをキャッチする。


(次は追い込んでやる!)


 横田が投球モーションに入り―――足を踏み込んで投げる。

 ハインがバットを振る。


(ここか―――)


 カキンという音が聞こえて、横田のストレートを芯でとらえる。


(嘘! 当たった!)


 横田が驚く。

 ボールは高く飛ぶ。


「センター! 走れ! フライで捕えろ」


 後ろを向いた横田が指示する。

 空中に軌道を描くボールを―――センターが追っていく。

 着地することなくボールはスコアボードを通過した。


「…………え?」


 横田が声を思わず出す。

 それはホームランだった。

 大森高校ベンチが騒ぐ。


「おおっ! 初打席をホームラン! 流石ハインだぜ!」


 ベンチの陸雄が喜ぶ。


「す、凄い…………」


 坂崎と二年生が声を出して、驚く。


「「ナイバッチ―!」」


 星川達が大声で褒める。

 ネクストバッターの紫崎が、塁をランニングするハインを見る。


「フッ、練習でもそうだったが―――腕は落ちていないどころか、上がったな」


 心配する捕手が横田を見るが、横田はタイムを取らなくて良いと首を横に振る。


(―――落ち着け、俺。次に切り替えよう)


 ハインがホームベースを踏んで、紫崎の肩に手を乗せる。


「オレの勘だが、投手中心で組み立てる配球のようだ」


「フッ、そうか―――次は慎重になるだろうな」


「頼むぞ」


 短いやり取りを終えて、バッターボックスに紫崎が立つ。

 ウグイス嬢が次の選手名を観客に放送で伝える。


「二番ショート。紫崎君―――」


 紫崎がバットをじっと見て、集中して構える。

 捕手がサインを出す。

 ボールを貰った横田が構える。


(内角に―――投げる)


 紫崎が投球モーションに入った横田をじっと見る。

 横田の手からボールが離れる。

 内角のコースにボールが入る。

 捕手がミットで捕球する。


「ボール!」

 

 球審が宣言する。


(落ち着け! 一点くらい返せる)


 ボールをキャッチした横田が一息つく。

 捕手がサインを送る。

 横田が首を振る。

 二度目のサインで頷く。


(ああ、そうだよ。クサイ所に―――投げる!)


 横田が素早く投球する。

 外角低めにボールが飛ぶ。

 やがて打者手前で変化し、手元に落ちていく。


(チェンジアップか―――ギリギリのコースだが、打ちたくないな)


 パンという音が立ち、ミットにボールが収まる。


「ストライク!」


 球審が宣言する。

 安堵した横田が、捕手からボールを捕球する。


(フッ、あのコースはあまり飛ばないからな)


 紫崎がそう思い、バットを構え直す。

 捕手がサインを出す。

 横田が頷く。

 すぐさま横田が投球モーションに入る。

 内角高めにボールが飛ぶ。

 カットボールだった。


「ボール!」


 球審が宣言する。


(ッチ……振ってこないか)


 横田が嫌な顔をする。

 紫崎がバットを左右に軽く振る。

 中野監督が相手の投手をじっと見る。

 ベンチから紫崎にサインを送る。

 サインを見た紫崎がヘルメットに手を当てる。


(なるほど、監督も次は同じコースに来ると踏んだか―――)


 捕手がサインを出す。

 横田は首を振る。


(ここで安易にそれは投げられないっ―――!)


 捕手がサインを変える。

 横田が頷く。

 ボールの握りを変えて、投球モーションに入る。


(こいつで―――追い込む!)


 すぐさま横田が四球目を投げる。

 指先からボールが離れる。

 真ん中高めにボールが飛ぶ。


(そいつは、失投―――だな!)


 紫崎がバットで、ボールにタイミング良く当てる。


「―――何っ!」


 横田が動揺する。

 カキンッと言う金属音と共にボールが宙を舞う。

 ボールがライト線に飛ぶ。

 横田がマウンドの後ろを見る。


「ライト行ったぞ! 走れ!」


 横田が叫び―――相手のライトが球を追って走る。

 ボールはライト線の観客席に落ちる。


「二回連続ホームランだとっ!」


 信じられないのか、横田が思わず声を出す。

 捕手が立ち上がり、冷や汗を流す。


(フッ、球を選び過ぎたな―――)


 それぞれの塁に順番で紫崎がランニングする。


「そんな……嘘でしょ? 同じ一年なのに―――何でだよ!」


 不安になった横田が、声を脱して―――マウンドの土を蹴る。


「がっはっはっは! 金髪はともかく、紫崎のやつめ! 俺様ほどとはいかないが、ホームランとはやるではないか!」


 ネクストバッターの九衞が高笑いする。




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