第49話

「大丈夫です。錦君は体力はかなりありますから、ようやく脂が乗ってきた頃だと思いますよ」


「全く頼もしい二年だな。それよりも合宿前に練習機材が多く届いて良かった。大会に間に合ったのは幸運だ」


「鉄山先生が色々機材を買ってくれましたから―――雨天練習場までは流石に無理でしたが…………」


 それを聞いて、中野監督は笑う。


「流石に私の減らした二百万ではそこまで買えないか―――雨の日は体育館でメニューを考えてあるから良い。校長にボールを使わないという約束で許可が下りてるからな。スパイクでは無くスポーツシューズに履き替えるだけだしな」


 古川が隣のベンチに座る。


「みんなの投げたボールやユニフォームの泥は落とせても―――私一人ではあの子達の心の泥は落とせないです」


 中野監督は水を飲んで、古川の真剣な横顔を見る。


「そうだな、古川の言うようにチームワークで落とすしかない。安心しろ。あいつらの尻を引っ叩いてでも強くしてやる」


「―――監督、頼みます」


「古川。合宿終わりに中間テストのことも言ってやれ。今は言うな雑念が入ると練習の質が落ちる」


「わかりました」


 中野監督はバットを持って、グラウンドに移動する。


「お前ら、食事休憩終わりだッ! 練習再開するぞ!」


「リクオ。肩を貸してやる。今日まだ投げてない変化球があるだろう? 疲れが残った球では意味があまり無いからな」


「ああ、わりぃ。ちょっと今キツいから頼むわ。走り込み終わったら、投げれるようにすっから―――」


 陸雄がハインに肩を貸してもらって、立ち上がる。


(待ってろ―――乾。そして甲子園。俺は必ず強くなるからな!)


 額から流れる汗が目に染みて、ハインから貰ったタオルで拭く。


(それにしてもここまで練習しないといけないなんて……甲子園って一体なんなんだろうな? そこに何があるんだろう?)


 陸雄は青空を見上げる。

 甲子園球場にもつながっている青空を見て、まだ見ぬ甲子園の土を想像する。

 そして土を握る。

 

(学校の土と違って、甲子園の土ってどんなものだろう? 夢では見るけど、ほとんどぼやけていて―――途中で覚めるんだよな……試合でのマウンド越しの甲子園って、どんな景色なんだろう?)


 メンバーが立ち上がっていく。

 練習に戻っていく中で、陸雄も立ち上がる。


(こいつらと一緒に見に行くしかないな―――いつか言っていた高校球児の約束の場所に―――!)


 陸雄がメンバーの背中を見て、追うように走り出す。

 チームメイトの背中は、まだ試合に出ていない一年のエースと同じくらい頼もしい後姿だった。

 陸雄がグローブを着用して、爽やかに笑う。



 五日間の合宿後。

 陸雄達は合宿を終えて、中間テストの時期に入る。

 この時期になると練習時間が二時間減り、代わりに勉強をする時間が増えた。

 鉄山先生からの頼みで、中野監督も従うことになる。


「中間テスト結果後にスタメンと背番号を発表する。各自、ユニフォームの背番号を古川マネージャーに縫い付けてもらえ」


「「はいっ!」」


「錦以外の二年達は自分で背番号を縫えよ。時間が惜しいからな。あのバカ二人はどうした?」


 二年の一人が前に出て、答える。


「背番号は郵送で送ってくれれば、母親が縫うと二人とも言ってました。抽選会と公式試合には必ず出席するらしいです」


「着払いで送ってやれ。あのバカ共は今まで何をしていたんだ?」


 中野監督は呆れ声でため息をつく。


「今年の兵庫の高校のデータを取っていたそうです。これがその情報が入ったデータです」


 二年の一人が外付けHDDを渡す。


「―――ほう。ただの馬鹿ではなかったか。データは私が空いた時間取っていたんだがな」


(もしかして駒島と大城って上級生―――地味に練習以外で努力してた? でもなぁ……あんなんだしなぁ……)


 陸雄達が二人の濃い顔を浮かべる。


「練習出ない代わりに偵察か―――部員の父兄がいない代わりにやってくれたのか……まぁ、大目に見てやるか」


 中野監督はそう言って、今日の練習の終わりを告げる。


「各自中間テストの勉強をするように、赤点を一つでも取ったら背番号は取り消しだからな!」


「「はいっ!」」



 中間テストが迫った五月半ばの時期。

 陸雄達は昼休み教室―――放課後の部室で勉強していた。


「クソァ! なんだよ―――この微分積分って―――!? 俺的に一次関数っと同じ気がするのに―――なんで違うんだよ!」


 中間テスト期間ということもあり、練習が早めに終わっていた。

 部室で灰田が問題集を解きながら、頭を抱える。


「同じように考えるからダメなんだよ~。逆にそれらを忘れて、取り組んで見れば良いよ~。僕がこの問題集を解説するから~」


 松渡がそう言って、灰田に数学のノートを見せる。


「灰田君は経済とか世界史が、紫崎が教えているのもあって―――結構良いのに……。なんで数学ダメなんですかね?」


 星川がそう言いながら、英語を勉強する。


「そ、そういえばハイン君ってさ。な、何で英語の授業にノートあんまり取らずに、英語のノートに古文とか漢文ばっかり書いているの?」


 世界史を勉強している坂崎がハインに質問する。


「英語は―――まぁ、オレにしてみれば昼休みみたいなものだから―――その間に苦手な古文と漢文は覚えようかなってな」


「金髪! お前、英語の授業勉強するフリして、国語やって英語サボるなよ!」


 英語を勉強している九衞が怒鳴る。


「フッ、こんな状態ではテストは一部が厳しいかもな。日曜日にでも図書館で集まって、分からない部分だけ教え合うか?」


「ごめん。紫崎―――俺だけ清香が全科目教えてくれるし、俺だけパスな」


「うわぁ、陸雄だけ学業チート使ってるよ~。いいな~」


「学業チート? そんな日本語あったか―――?」


「ハイン。はじめんの言った学業チートって言葉は、卒業して暇になったら覚えるくらいでいいから―――」


「あれ? はじめんの言うようにやったら解けたけど、今度はなんかさっきまで楽勝っぽかった図形関係の問題が―――!」


 部室の机で全員が問題を解いていると、古川が部室のドアを開ける。


「時間だから、みんな帰ってね。あと中野監督から伝言。前にも言ったけど、赤点取ったら―――本当にスタメンに出さないって言ってたよ」


「「はーい」」


 全員が教材をしまって、帰っていく。



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