第86話 馬車の中の3人

 結局私達はベルナルド王子達が乗ってきた馬車に乗って学園へ行く事になった。そして馬車の中で先程2人に話した出来事の補足の部分を話し始めた。


「実は私、9月10日から記憶喪失になったのです」


「自分が記憶喪失になった日付を明確に覚えているとは随分変わった記憶喪失だな?」


「ええ、私もそう思うわ」


ベルナルド王子とテレシアが首を傾げる。


「すみません、その辺の事情は聞かないで頂けますか?今では以前よりもかなり記憶は取り戻していますけど、とにかくその日以前の記憶が待ったく無くなっていたんですよ。自分の名前も家族のことも…そして学園の事も全てです」


「何?それじゃ俺の事も忘れていたのか?婚約者の俺を?」

「それじゃ私の事も?」


ベルナルド王子とテレシアが尋ねてきた。


「ええ。勿論です。でもその時には既に私の側には記憶喪失になる前から命を狙われていた私が父に泣きついて雇って貰ったという護衛騎士…ジョンがいたのです。そして彼と一緒に私は学園に通うことになりました」


「そう、それなんだよ。実はずっと違和感を感じていたんだが…俺はその人物の顔も思い出せないのに、何故かその名を聞くだけで不愉快になってくるんだ」


「そうね、私もなのよ。別に不愉快って気持ちは無いけどね?不思議な事もあるものだわ」


ベルナルド王子とテレシアは首を傾げる。


「そうなんですよ。私も馬車事故から目覚めた直後はジョンの事を完全に忘れていたんです。ジョンを護衛騎士として雇ったはずの父も彼の事を忘れているし、当然お二方も…マテオ達だって忘れていましたよね?それなのに…」


「マテオ…そうだ、マテオだ。ユリア、お前ひょっとしてあいつと特別な関係なのか?」


するとここで話の腰を折り、またしてもベルナルド王子がマテオの事で絡んでくる。


「はぁ?そんな事あるはずないじゃないですか?」


私は半ば呆れながら返事をした。


「まぁマテオとの事は後でじっくり尋ねるとして…続きを話してくれる?」


「え、ええ…それなのに…な、何故かノリーンだけはジョンの事を覚えていたんです…」


「え?ノリーンが?」

「まぁ、何故かしら?」


2人とも、以外な人物の名が出てきて驚きの表情を浮かべる。


「はい、実はノリーンについてはそれ以外にも謎があるんです。実はジョンは変身魔法が得意なんですけど…あ、別に本当に変身するわけではなくて幻覚を見せるらしいですけどね?自分の思うままの姿を相手に見せるっていう…」


「どういう意味だ?」


ベルナルド王子が首を傾げる。


「ばっかね〜ようは、実際は姿が変わっていないのに暗示のようなものを掛けて、あたかも姿が変わったかのように思わせるって事じゃないの」


テレシアが代わりに答える。


「そう、それ、まさにその通りです」


「おい、誰が馬鹿だ、誰が?」

「何よ。文句あるの?」


またしてもいがみ合おうベルナルド王子とテレシア。ひょっとするとこの2人…仲が悪いのかもしれない。


「つまり、ノリーンにだけはジョンの魔法が何一つ効かなかったというわけなんです。私達がジョンの事を完全に忘れてしまったのも彼が記憶を操作する魔法を使ったのではないかと思うんです。だけど私は恐らくその魔法が解けた…」


そこまで言いかけて私は気付いた。


そう言えば、夢の中でジョンそっくりだったあの人に私は記憶を操作する魔法をかけられていた…。


一体私の身に何が起こっていたのだろう…?


どうやら私の記憶はまだほとんど戻っていないようだった―。



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