第63話 再び狙われた私

 その日の夕方の事だった。私は誰かに言い聞かされたかの如く、勉強に励んでいた。一人で教科書を読み、ノートにまとめ…時間が経過するのも忘れて猛勉強をしていたその時…。


ノックの音とともに、声が聞こえた。


「ユリアお嬢様、夕食のお時間です。旦那様がダイニングルームでお待ちです」


「えっ?!お父様が?!」


急いで扉を開けると、そこには私とさほど年齢が変わらないメイドが立っていた。


「キャッ!」


突然扉が開かれた事に驚いたのか、メイドは目を見開いていた。


「あ…ご、ごめんなさい」


「い、いえ。大丈夫です。ではご案内致します」


「ええ、お願い」


そして私はそのメイドに連れられて、父が待つダイニングルームへと向かった。




 メイドの後について、長い廊下を歩く私。月明かりに照らされた廊下には私とメイドの長い影が落ちている。


…おかしい。


私は先程から言いしれぬ嫌な予感を抱いていた。…どうしてこんなに静まり返っているのだろう?こんなに廊下が長かっただろうか?そして…何故私はあのメイドに恐怖を抱いているのだろう…。


足が震えて、喉はカラカラ。


もう、恐怖の限界だった。


「ね、ねぇ…い、一体何処まで歩くのかしら…?」


怖くて怖くてたまらなかったが、前を歩くメイドに声を掛ける。するとメイドはこちらを振り向かずに答えた。


「もう少し…もう少し先です…」


その声があまりにも感情がこもっておらず、ゾッとした。だ、駄目だ…このメイドについて行ってはいけない…逃げなくちゃ…。本能が叫んでいた。


「ッ!」


私は勇気を振り絞って背を向けると、もと来た廊下を走り出した。その瞬間、周りの風景が一瞬にして変わり、ここが屋敷の廊下では無かった事に気付く。何と私は屋敷の外に出ていたのだ。そして今の自分は屋敷目指して走っていた。


「そ、そんな…っ!」


信じられないっ!私はいつの間に外に出ていたのだろう?あのメイドにおかしな術でもかけられていたのだろうか?!


その時、背後から風を切るような音が聞こえた。


「え?」


振り向くと、背後から無数の矢が迫っている。


「キャアアアッ!!」


思わず目を閉じて叫んだ時―。



バシッ!!


まばゆい閃光が身体から放たれ、私の周りを覆うように銀色に光り輝く壁が出現した。そして飛んできた矢を全て一瞬で燃やし尽くしてしまったのだ。


「あ…」


思わず腰が抜け、地面に座り込む私。目の前には炎に焼かれて、メラメラと矢が燃えている。


そこへ…。


「何事だっ!」

「あ!あれはユリアお嬢様だっ!」

「早く助けに行かなくては!」


暗闇で燃え盛る炎を目にし、外に出てきた使用人たちが私の姿を見て駆け寄ってくる。


「大丈夫ですかっ?!ユリアお嬢様っ!」

「お怪我はありませんか?!」


フットマン達に助け起こされて私は何とか震えながら頷いた。


「え、ええ…だ、大丈夫…」


「本当に…でもよくご無事でしたね」

「一体何が合ったというのですか?」


フットマン達に声を掛けられ、私は返事をした。


「そ、それがよく分からないの…食事に呼びに来たメイドの後をついて歩いていたのだけど…何だかおかしい気がして、後ろを振り返って逃げ出したら、いつの間にか外に出ていて…そして突然矢が襲って来て…目の前で突然燃えて…」



「「…?」」


2人のフットマンは首を傾げる。うん、それは無理もない。私だって首を傾げたいくらいなのだから。


「ユリアッ!」


する突然私の名を呼ぶ声が聞こえ、顔を上げると父が使用人たちを引き連れてこちらへ駆け寄ってくる姿が目に入った。


「ユリアッ!大丈夫だったかっ!」


「お、お父様…」


父は私に駆け寄ってくると両肩に手を置き、言った。


「心配したぞ…夕食の席に誘ったのにいつまでたってもお前は来ない。部屋に迎えに行かせれば部屋にもいない…。そんな時突然外で火事が起きていると言われ、駆けつけるとお前が地面に座り込んでいたのだから。だが…無事で良かった…」


「お父様…」


父の顔は、本当に私を心配している様子だった。


その時、脳裏にメイドの言葉が蘇る。


『何度も実の娘が命の危険にさらされたのに、一度も様子を見に来ることも無かった冷たい父親をあれ程嫌っていたのに…?』


何だ…ベスの言葉は嘘じゃない…今だって、こんなに私の事を心配してくれて…。


…え?


「どうした?ユリア。まだ具合が悪いのか?早く中へ入ろう」


父に肩を抱かれ、私は頷いた。


「は、はい…」


返事をしながら、私は思った。



ベスって…誰―?






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