第61話 10日後の目覚め

 私は夢を見ていた―。


 夢の中の私は薄暗い森の中をカンテラを持って、何処までも歩いていた。前方には道案内の小さな光が飛んでいる。その光の後を私は必死になってついて歩いていた。

森の木々がざわめき、時折不気味な鳥の鳴き声が聞こえてくる。今にも恐ろしい獣でも飛び出してきそうで恐ろしかったが、身を護る祈りが込められた護符を持っているからきっと大丈夫なはずだ。そして私は恐怖に震えながらも、歩みを進め…目の前が開けたと思うと、小屋が現れた。そして小さな光は小屋の中に吸い込まれていく。


「やっと…ここまで辿り着いたわ…」


小屋に近づき、目の前の扉を緊張の面持ちでノックした。


コンコン


すると…。


キィ〜…


軋む音と共に扉がひとりでに開いた。私は息を呑むと扉をくぐり、小屋の中へ足を踏み入れた―。



*****



「…」


突然私は目が覚めた。目を開けた途端に眼前には黄金色に輝く天井が飛び込んでくる。


「…相変わらず趣味の悪い天井ね…。もう絶対に部屋を変えて貰うんだから…」


言いながらゆっくり身体を起こす。そして、ふと考えた。


「あれ…私、どうして私ベッドで眠っていたのかしら…?確か学校に行って、その後…」


どうもその後の記憶があやふやだ。ただ、夢を見ていたことだけは覚えている。私はどこか森の中を歩いていて…。


「ところで今、何時かしら…?」


太陽の光が部屋の中に差し込んでいる。しかも青い空まで見えるということは少なくとも夕方ではない事は確かだ。


「時計、時計…」


部屋の中をグルリと見渡し、壁に掛けられた時計が目に止まった。時刻は10時を少し過ぎたところだった。


「10時10分…ということは朝ね」


見た所、私が着ているのはネグリジェのように見える。


「置きましょう、まずは着替えね…」


そしてベッドから身体を起こした時…。


ガチャッ


「え?」


「ま、まぁ…お嬢様…」


扉を開けて部屋の中へ入ってきたのはメイド長だった。手には大きな洗濯かごを持っている。彼女は私を見ると目を見開いた。


ドサッ!


メイド長は手にしていたかごを床の上に落とし、洗濯物が散乱する。


「ユリアお嬢様!目が覚めたのですねっ!」


メイド長は私の側に駆け寄ると、いきなり両手を握りしめてきた。


「え、ええ…おはよう…でいいかしら?随分遅い時間まで寝てしまったようだけど…」


すっかり朝寝坊をしてしまった。するとメイド長が言う。


「遅い時間…そんな事はいいのですっ!何しろ10日ぶりに目が覚められたのですから!」


「えっ?10日ぶりっ?!」


まさか…そんなに長く眠っていたとは!


「あの、私一体どうしてそんなに長い間眠っていたのかしら?」


「ええ、見知らぬ男性が意識を失っていたお嬢様を抱きかかえて突然屋敷に現れたのですよ。何でも壊れた馬車を発見したそうなのですが、そこにお嬢様がお一人で倒れられていたそうです。お嬢様の持っている学生証にこのお屋敷の住所が書かれていたので連れてきて下さったそうですよ」


メイド長の言葉に徐々に記憶が戻ってくる。


「そう言えば、私…馬車で事故に遭って…」


「大変!こうしてはいられないわっ!すぐに旦那様に報告に行かないと!ずっとユリアお嬢様の事を心配されていたのですよ!」


「え?お父様が?」


「ユリアお嬢様、何処にも行かずにお部屋にいてくださいよっ!」


メイド長はそれだけ言うとバタバタと部屋から走り去って行った。


「…全く、慌ただしい人ね…」


ため息を付くと私は再びベッドに横たわり…ふと思った。


「あ、そうだわ!確か勉強するように言われていたんだっけ!」


慌てて身を起こし、次の瞬間…ふと思った。


「あれ…?私、誰に勉強するように言われていたんだっけ…?」


首を捻っても一向に誰に言われたのかが思い出せない。


それにしても誰に勉強するように言われたのかも、何故馬車の事故に遭ってしまったのかも思い出せないとは…。


「ますます記憶喪失が進んでいるのじゃないかしら…」


私はため息を付いた―。



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