第6話 悪女の護衛騎士

 それなりにまともなドレスに着替え、私と彼は人払いを済ませた落ち着かない自室へと戻っていた。彼は今私の向かい側のソファに座っている。


「…それにしても酷い部屋ですね。赤と紫で統一された部屋ほど人の神経をいら立たせるものは無いと思いますよ」


「ええ。私もそう思うわ…。とてもじゃないけど、こんな部屋受け入れられないわ。だけど…本当に記憶を失う前の私はこの部屋を気に入っていたのかしら?」


「…」


すると、またしても彼は何か言いたげな目で私を見つめている。


「何?どうかしたの?」


「いえ…驚いているのです。本当に池に落ちる前と落ちた後の貴女は同一人物なのかと…疑ってしまいます。少なくとも以前までのユリア様はこの部屋を満足して使っていたと思いますよ?」


「やっぱり貴方もそう思うのね…私も違和感を感じてしょうがないのよ。さっき、衣装部屋で私に言ったわよね?この世に魔法が存在するのは常識だって。その事がまず信じられないのよ」


「魔法がある世界が…ですか?」


「ええ、そうよ。大体、魔法が存在するなんて…まるで物語の中の話だわ」


でも…もし魔法がある世界なら…私も魔法が使えるに違いない。どんな魔法が使えるか分からないけど…。


思わず笑みを浮かべた時、彼が言った。


「言っておきますが…ユリアお嬢様」


「何?」


「水を差すようですが…ユリアお嬢様は魔法はこれっぽっちも使うことが出来ませんよ?」


「えっ?!嘘っ!これっぽっちも…?」


「ええ、これっぽっちも…です」


「そ、そんな…箒にまたがって空を飛んだり、魔法の杖を振って食べ物を出したりすることも出来ないのね…」


思わずため息をつく。


「何ですか…?箒にまたがって空を飛ぶとか、魔法の杖だとか…聞いたこともありませんね」


彼は冷めきった目で私を見ている。


「え?こんな有名な話…貴方は知らないの?」


「有名どころか、聞いたことすらない話ばかりです」


「だって、誰でも知ってる話じゃ…」


そこまで言いかけて私は口を閉ざした。


え?ちょっと待って…。私はどこでこんなファンタジーな話を知ったのだろう?自分の事に関しての記憶が全く無いはずなのに…。


「…」


思わず考え込んで頭を抑えると彼は言った。


「それで、どうするのですか?先程ユリアお嬢様は公爵様にご挨拶に行かなければと仰っていましたが…。公爵様は今仕事中で執務室におられます。非常にお忙しいお方ですけど、10分程なら面会を許されると思いますが?…池に落ちて溺れた事は私から報告済みですが」


「公爵様って…私のお父様の事よね?池に落ちた話を聞いて、何と言っていたのかしら?」


「ああ、分かった」


「え?」


聞き間違いだろうか?


「ねぇ、私は話を聞いた後のお父様の反応を聞いているのよ?」


「ええ。ですからお答えしております。『ああ、分かった』…そう仰っておりました」


その話を聞いて、私はショックで、一瞬頭の中が真っ白になってしまった。


実の娘が池に落ちて溺れかけたのに、『ああ、分かった』なんて…。父親のことを思い出そうとしても、全く思い出せない状況ではあるものの…死にかけたというのに、そんなそっけない態度を取るなんて。


「…ねぇ、私って…ひょっとして公爵様に…嫌われていた?」


全く記憶にもない人を『お父様』と呼んでいいものか迷った私は敢えて『公爵様』と言った。


「…嫌われている…と言うよりは、関心を持たれていなかったようです。私が雇われた経緯もユリアお嬢様に聞いたのですが、命を狙われているから護衛を雇って欲しい と何度も泣きついて、ようやく私を雇ってくれたのだと寂しげに話されていましたよ?」


「そう…でも、それでも貴方を雇ってくれたのだから公爵様には感謝しないと。現に貴方は溺れている私を助けてくれたわけだし…あ、そうだ。貴方の名前…教えてくれる?当然『ベス』と言う名前では無いのでしょう?」


「う〜ん…私の名前ですか?…本来雇われ護衛騎士は名前を明かさないようにしているのですよ。…大体私が守るべき対象者は命を狙われている事が多いので」


「けれど、名前を呼ぶ時困るじゃないの」


「そうですか。では、私は今日から『ジョン・スミス』と名乗ります。宜しくお願いします。ユリアお嬢様」


「ジョン・スミス…?何それ?いかにも偽名っぽいけど?」


「ええ。そうですね。偽名ですから。ですが…」


突然、ジョンは真面目な顔つきになると言った。


「ひょっとすると、ユリアお嬢様は自ら命を断つような強い暗示を掛けられている可能性があります。なので、今後はユリアお嬢様の護衛の為、私も学校に通う事に決めました。改めてよろしくお願い致します」



そしてジョンは笑みを浮かべて私を見つめた―。





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