第39話 強そうには見えないだろ?(下)




「っ……! お、お前、おま……」

裸野郎ネイキッド相手に尻もちとは情けない」


 後ろに転げ落ち、どっと冷や汗をかく。生命が断たれる感覚の恐怖は絶大で、心臓が泡立ち指先が恐怖で震え続ける。

 ユイトは刀の柄に手を当て、冷酷さを漂わせる眼差しでトジマを見下ろした。


 ユイト=トールマンはその気になればトジマが見た幻覚を実行できる。

 今見せた幻覚は『睨み』の眼差しで殺意の塊をぶつけたことにより、相手の脳髄が見た臨死体験そのものだ。

 

「お前……お前は! 何しやがった!」

「ほら、お仲間が見ているぞ。あんたはメンツで生きてるヤクザものなんだろ?」


 重サイボーグが裸野郎ネイキッドに対して無様に怯えた姿を見せている。

 そのうちの一人は、ぷっ、とこらえきれぬ様子で失笑さえしていた。……次の瞬間、トジマの放った弾丸が迂闊な失笑をした男の脳天を吹き飛ばす。

 ひいいいぃ、と恐怖と怯えの悲鳴を上げるチンピラに拳銃を誇示しながらトジマが怒鳴る。


「お前ら今俺を見て笑ったな!?」

「ち、違います! わ、笑ってません!」


 ヤクザは相手に慕われるより暴力と恐怖で恐れられ、金という蜜で手下を従える器量が求められる。

 彼は自分の傷ついた権威を立て直すため、すぐさま一人を見せしめに撃ち殺し、恐怖で従える必要があったのだ。

 そんな切羽詰まった男に、ユイトは冷徹な眼差しで言う。


「手下を躾けるのは構わないが、家に帰ってからやってくれないか?」

「てめぇ。何をしやがった?!」

「何って……裸野郎ネイキッドがあんたみたいな重サイボーグに何を?」


 客観的に見ればユイトの言葉が正しい。

 トジマは裸野郎ネイキッドに腰を抜かしたマヌケだ。だがユイトに『なにかされた』トジマだけは目の前の男が只者ではないと直感している。

 直感しているが……それを証明する手立てなど何一つない。

 屈辱と怒りで顔を真っ赤にしながらも……脳髄神経系に仕込んだ『クールダウン』薬剤が分泌。怒りで燃える脳髄を冷水に浸すように激情が分解される。

 怒りも憎悪も脳髄が見る科学反応の結果であるならば、薬で自分自身の心も操れる。

 今はそういう時代だ。

 薄気味が悪いほどあっさりとトジマは冷静さを取り戻した。


「……いや、そうだな。悪かった。だが、俺たちタキガワ組はあの娘二人に金を貸した。

 対面で金を貸したなら、対面で金を返しておくのが筋じゃねぇのかい?」

「ヤクザものに対面で話し合うのが怖い人も世の中にいる。借金の全額返済に関する書類は今改めて送った。

 借りた人間と貸した人間の関係は、負債を全額完済し終えた以上は断絶しても何ら問題はない」


 そう言いながら携帯端末で関係書類を改めて送付する。

 ユイトは鋭い眼差しで言う。


「……あんたたちはどうせ同じやり口で、困りはてた人たちを苦界に送り込んで稼いできたんだろう。

 たまたま運よく蜘蛛の糸を掴んで泥沼の地獄から抜け出た娘が数人いようと問題ないはずだし、借金の返済も済んだ以上損はしていない。

 娘二人程度見逃してやれ」

「……そっちのお嬢ちゃんは俺を殺してぇみたいだが?」

「ああ、そうだよっ! あたしとマイゴを騙して死なせようとした冷血漢!」


 自分たちの命を軽んじ、一時の金銭のために死に追いやろうとした相手だ。許せるはずがない。

 だがユイトには連中の思惑が分かった。ここで手を出させて悪縁を結び、何らかの形で関わろうとしている。

『マスターズ』のようにスラムに住んでいた娘二人に金を出すもの好きなどいるはずがない……それが世間一般の考え方だ。だから物好きな金持ちを探すために連中はどうにか利権に食い込もうとしているのだろう。あるいは手を出させてトレーラーを奪うつもりか。

 そうはさせないぞ、ユイトは大声でユーヒに呼び掛ける。


「ユーヒ! 三戒を忘れたか?!」

「え? ……ううん、忘れてない!! 

 自分の命に危機が及ばないなら、みだりに殺めるな。誰かを欺き騙すな。

 強いものは弱いものを助け、弱いものはより弱いものを助けること――だよね?!」


 視線にはありありと不満が浮かんでいる。

 確かにこの三戒には『命に危機が及ばないなら』という注釈がある。言い換えれば命の危機にあるなら殺人は認められている。

 このヤクザどもは敵だ。殺そうとしても無理はない。

 だが。


「そうだ、三戒の一つは『強いものは弱いものを助け、弱いものはより弱いものを助ける』とある。

 ならばこのヤクザはどうだ! 俺のような裸野郎ネイキッドに腰を抜かすような不細工な真似をした男が強いように見えるか!」 


 そのあたりでユーヒも意味に気づいたのだろう。

 ぶっ、と吹き出す。


「あ、あははっ、あははははっそうだった! ごっめーんマスター!」


 その笑みには以前と違う実力、自信に裏打ちされたある種の余裕が含まれていた。

 数か月間、ユイトの生体強化学の講義を受け、カレンのしごきに耐え、サンの勉強を熱心に受け続けた。思い出すだけでも嘔吐しそうなハードスケジュールを超えたおかげで、彼女は自分の肉体を支える強固な自信の背骨を手に入れているのだ。

 そうだ。

 こんなチンピラヤクザなど捨て置いても構わない雑魚だ。

 復讐と憎悪を込めて弾丸を撃ち込んでやるより……お前など取るに足らないサンシタと嘲りせせら笑ってやるほうが、効果的な侮辱として奴の矜持を傷つけるだろう。


「て。てめぇらぁぁッ!!」


 トジマの片腕が分解され、腕部に内蔵されていた大口径マシンガンが展開される。

 その先端をユーヒに向けようとして……むき出しになった腕部が、飛来する弾丸によって半ばから粉砕される。


「なにっ?!」


 風を切る弾丸の飛翔音はアサルトや拳銃ではありえない、大口径ライフルの狙い澄まされた一撃。

 破壊の痕跡から発射点を確認すれば……別格に遠い距離から、膝立ちの姿勢でマークスマンライフルを構えるマイゴの姿がある。

 高精度のライフルは通常の銃器とは次元の違う射程距離を持つ。トジマの手下たちの武器では届かないだろうし、むやみに突撃させたところで距離の壁がある。射程に入る前に全滅させられるだろう。


 マイゴは冷え切った冷徹そのものの眼差しで、スコープを覗き込む。

 照射されたレーザーの赤い光点が、殺意を伝える毒虫のようにトジマの額あたりをちろちろとうごめいた。

 レーザーポインターなど相手に狙いを知らせるだけの実戦では何の意味もないお飾り……だからこそ、不利益を被ってまで『お前を殺す』という意思を表明しているのだ。

 距離が遠くて声が聞こえないからこそ……実利を捨ててまで殺意を表明する彼女の憎悪は、きっとユーヒ以上に根深いのだろう。


「くそっ!」


 彼らが登場してきた装甲車両の一台が誰も載っていないのに自動で動き出す。

 遠隔操作でマイゴの長距離射撃からトジマを守るような位置に移動させ、車体上部に設置されたガンタレットが銃口をユイトに向けようと旋回を始めた。

 だが、それに先んじてロケット弾が独特の飛翔音を響かせながら車両のどてっぱらに突き刺さる。

 安価ながら装甲を破壊するに十分な威力を持つ対戦車ロケット弾は車両装甲を貫通し、内部で強烈な爆発力を発生させて粉みじんに吹き飛ばした。勢い余って二度三度車体が転げまわる。

 その爆炎を尻目に――幼げな外見とは裏腹な、獰猛な戦意に満ち溢れた笑顔のカレン=イスルギが、ロケットランチャーを投げ捨てながら愛銃を構えた。

 凄絶な敵対の笑顔にトジマが怯えた声を上げる。


「お……お前、まさか『雌猫に擬態する雌虎ペッカムミミクリー』か!!」

「あら……懐かしい二つ名知ってんのね」

 

 トジマが、今度ははっきりと恐慌の表情を浮かべながら残った車両に飛び乗った。

 肉体に内蔵した銃を破壊され、ガンタレットを向けようとすれば車を壊される。

 何よりカレンをはじめとする武装したヴァルキリー三人は、完全にタキガワ組の兵士を取り囲む位置にいた。

 戦いで先手のすべてを取られ、兵隊の質も向こうが上。勝っているのは数しかない――だが羊の群れは狼には勝てない。


 逃げなければ。

 アクセルを踏み込み、たまたま進路上にいた兵士をひき殺しながら一目散に走り去っていった。

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