第22話 ばかでいいよ

「指揮官、こっちは現場に向けて急行中よ。あたしが行くまでに逝く早漏じゃないわよねぇ?」

『少……待……。ハッキ…グ? ……さか……れたのか……? 罠を……かれ』

「ちょっと~? もしも~し?」


 通信障害? カレンは仲間と連絡が取れなくなったことに警戒の意識を一段階引き上げる。電子戦能力を持つモンスターは、このあたりに生息していないはずだが。

 背負ったアサルトライフルを構え、片手で車体を維持し目的地に到着。通信はまだ復旧しない。

 小高い丘を越え、視界が開ける。トライクを停車させた。

 

 周囲には背の低い繁みが広がっているものの……交戦の気配がない。

 周りの遮蔽物に身を隠して周りをうかがう。


(……動体レーダーに……感あり。至近距離まで移動)


 戦闘に伴うアドレナリンの臭い、発砲によって加熱した銃身の燃える臭いはする。

 すんすんと鼻を引くつかせながらもカレンは警戒しながら移動する。

 見れば木々の陰に一人、男がうずくまって倒れていた。


(偵察兵が何かの理由で負傷した? 通信が途絶えたのは電波障害が原因かな。

 ……気配は一つ。普通二人一組でしょ、もう一人はどうなった? 戦死? それにしては血の臭いが薄いわね、いやな感じ)


「救援よ。状況は?」

「……うぐ、ぐううぅっ。やられちまってる……回復剤はな、ないか……」

「あるよ、打つ。あとであんたの上司に請求するけどね」

 

 救援に向かって救援対象を救い損ねたら査定に響く。

 常に単独で仕事に当たっていたカレンにとっては、生死にかかわる回復剤の備蓄を減らすのは避けたいが、今回は仕方なかった。

 男に近づき、ライフルは備えたまま片手で器用に回復剤の無針注射器を準備する。


「それで、あんたは何に……」

「いや、仲間に撃たれたのさ。……くじ引きで負けてよ」


 やられたのか、と尋ねようとしたカレンは――頭上で何かが広がる音を聞いた。

 落下してくる何か、それがなんなのかわからぬまま覆いかぶされる感覚。


 網だ。

 ただし網は網でも……強化スーツを着用した人間を制圧するための高圧電流ネット。


「あ、あああっああぁ?!」


 強烈な電圧が強化スーツの制御システムをダウンさせ、装甲越しに小柄な肢体を跳ねさせる。

 同時に空中からさらに別の奴がのしかかって抑え込んでくる。平時ならともかく高電圧を浴びせられ、スーツが十全の性能を発揮できない状況では振りほどけない。

 そのまま男はカレンの首筋に注射器を押し当てて薬剤を注入する。

 毒だと思ったほうがいい。こんな風に罠を張って暴力を使って無理やり注入したものがまともなはずがない。


「出、ろ……隠し剣ヒドゥンソード!!」


 だが、こういう場合にものをいうのは入念な準備。

 大金をかけて用意した優秀な強化スーツは絶体絶命の窮地でも、数秒で機能を回復させ彼女に反撃の手段をもたらした。

 スーツの腕の外側に内蔵されたブレードを肘から伸ばし、自分にのしかかっていた奴の腹を切り裂く。強化スーツの装甲を貫通し、柔らかな臓腑を掻き回す感触。


「ぎゃああっ!!」


 激痛で反射的に飛びのく男を無視し、今度はブレードを手の甲側から展開して電磁ネットを引き裂く。


「くそっ、この状況でまだ動けるのかよ……!」


 悪態をつきながらも他の数名のハンターが慌てた様子を見せた。

 一瞬の判断……今腹を裂いた奴は間合いの外へ逃げている。自分を引き寄せる囮だった負傷ハンターは人質として役に立つか分からない。こういう状況でもっとも頼れるのは、やはり自分の力だ。

 腰に下げたアサルトライフルを構えて引き金を引く。

 強烈な反動が約束する、破壊的銃弾の豪雨は周りを薙ぎ払うように放たれた。

 とっさに身を屈めた奴を仕留めそこなったが、反応に遅れた間抜けを一人引きちぎるように射殺する。


「う、ああああぁぁぁっ!!」

(あ、熱い、熱いッ、さっきの注射よね? なんなの、これは……!)


 だが、カレンが行えた反撃はそれまでだった。

 臓腑が熱い。瞳の奥が燃えるようだ。体を流れる血管の中を溶岩が走り抜け、細胞の一片一片まで焼却するような激痛に苛まれて崩れ落ちる。ライフルを保持することもできない。

 走火入魔。あの日友人を焼いてしまった暴走事故と同質の……いや、もっと強烈な気の暴走だ。

 強化スーツを着込んだハンターが数名、こっちに憎悪と嗜虐の入り混じった薄ら笑いを浮かべながら近づいてくる。


 いや、こいつらはもうマンハンターと侮蔑をもって呼ぶべきだろう。


「……二人やられた。罠を張って奇襲も完璧でこのざまかよ。真面目にやってりゃ何人死んだかね」

「いやいや。前向きに考えようぜ。分け前が増えたんだと、さ。……なぁ、いい格好だな、カレンよ」


 嘲り笑いながらカレンに蹴りを打ち込もうとした相手に、抵抗の眼差しで隠しブレードを構えて見せれば……窮鼠猫を噛む例えを思い出したか。相手は取り落としたアサルトライフルを蹴り飛ばした。

 やけどにも似た激痛。意識もせぬまま唇から炎がこぼれた。朦朧とした意識で考える。

 カレンだってハンターだ。対人戦をこなした経験も多い。だが、スーツの索敵機能は対モンスター戦を想定して範囲を広く、情報の精度を甘く設定していた。 

 索敵範囲は狭くなるが、どんな異常も見逃さない近距離索敵モードに変更していれば、こんな不意打ちは受けなかった。冷静に考えれば怪しんでしかるべき状況なのに、見破れなかったのは……やっぱり疲労が積み重なっていたせいだろう。

 今となっては、もう遅いが。


「なんで……あたしを」

「そりゃお前。飢餓状態じゃない、きっちり飯を食って実力もあるヴァルキリーで人体実験したいってやつが、どこかの研究所から電話一本でお前の命運を決めたんだよ」


 殺人は犯罪だ。それは混沌としたこの時代でも通じる万代不易の掟。だが立証されなければ罪にならないのは平和な時代も同じ。

 黒幕は目の前の『ブラッドワークス』のハンターに危ない橋を渡らせる決心をさせる報酬を約束したのだろう。


(ここまでか、ここがあたしの終わりなのか……)


 カレンは瞳の端から炎が涙のようにこぼれるさまを見た。自分の肉体で最悪の崩壊が始まりつつあると悟る。

 その涙に大いに嗜虐心をそそられたのか、男は笑いながら携帯端末で撮影など始めた。


「ヴァルキリーが先天的に経脈が開いている……換骨奪胎と呼ばれる戦闘体質なのは知ってるな。

 お前に打ち込んだ薬を作った奴は色々と悪いことを考えてるのさ。身体能力を一時的に増強する戦闘ドラッグ。今回のは人間を爆弾に変えちまう薬だそうだぜ。

 ああ。それで今撮影しながら、お前の体から生体反応のデータを取ってるわけよ」

「くた……ばれ」

「へへっ。あとで一緒に記念写真撮ろうぜ」


 死が目前に迫っているとわかっていても、最悪の熱病よりひどい体温で意識は朦朧としていた。中指を立てたのは最後の意地か。

 腰に下げた治療用薬剤を無意識の動作で注射する。だが改善は見られない。それを男たちがそれを黙ってみているのは、無意味だと知っているからだろう。


「……にしてもガキみたいな背丈のくせにいい体してやがるぜ」

「やめとけやめとけ、ナニが黒焦げになるぞ。第一真っ最中に爆発したらどーすんの。ぎゃははは」

「なぁ、カウントダウンはじめよーぜ。あと数分で爆発か炎上するんだろ?」


 肉体に力は入らなくても、強化スーツはわずかな動作でも補助をかける。

 カレンは拳銃を手に取るつもりだった。こいつらの思惑通りデータを取って自分の死を利用されるより……さっさと命を絶ってあの世でばーかばーかとせせら笑うほうがいい。

 

 それに。

 急き立てられるような借金生活に疲れ果ててもいた。


(……あたしは、強かった。才能も実力もあった。昔、夢見ていた頃はもっと派手で華々しく生きられるって思ってたけど。

 おかしいなぁ……どこで、どうして……)


 拳銃を引き抜き、セーフティを慣れた手つきで解除する。

 裏切者たちが慌てた様子でそれを止めようとするが、遅い。

 ……不意に涙の衝動が目の奥から溢れてくる。どうしてこんな最後を迎えなければいけないのか……自分自身の人生に対するくやしさや失望がこみあげてくる。炎の姿をした涙が視界を焼く。

 

(……ああ。バイク……)


 ほんの少し前まで自分が死ぬなんて思いもしなかったけど、ハンターなんてちょっとした不運や油断で命を落とす商売だ。

 それでも、ちゃんと傷一つつけずに返すつもりだったバイクなのに、どうしようと悲しくなる。


(ユイト、お前どんな顔するの? あたしが死んだらあの連中、きっとバイクを盗んで売るわね。

 それを見たら……あたしの最後に思いを馳せて怒ってくれるかな、泣いてくれるかな……)


 そうして、とうとう目の奥から涙と共にこみあげる事実に耐えきれなくなった。


(……なんであたし……死んだあとで泣いてくれる人が、今日あったばかりのあいつしか思いつかないのよ?!)


 自分の人生の終焉間際に出会った男の顔を思い出し、カレンはそのまま顎に拳銃を押し当てようとして。




「やめときなよ、イスルギさん」


 カレンの掌にそっと手が重ねられる。

 拳銃を引き剥がし、自害を諫める人影は――ユイトだった。


「え……なんで」


 何が一体どうなっているのか……そう問いかけるが、ユイトはまずカレンの両手を優しく握りしめた。


(え? あ……なに?!)


 今までカレンの肉体で暴れまわっていた狂暴な熱気が抑えられていく。

 それは例えるなら、薬物で強引に嵩を増した『氣』という水が破壊的な激流となり、肉体という堰を破壊して全身をこなごなにする一瞬前に――別の場所、すなわち彼の肉体へと激流を誘引して崩壊を凌いだようなものだった。

 

「お互いの両腕の太陰肺経を介して氣血を循環させている。呼吸を繰り返し、なだらかに整えていけ……そうだ。その熱気は君を焼き尽くす力ではなく、君自身の肉体をより強くするためのエネルギーとして制御していくんだ」

「あっ……う……」


 言葉通りに呼吸を繰り返し、肉体を焼き尽くさんばかりの勢いだった熱気は次第に静まっていく。そうすれば今度は全身へと清涼な熱気が突き抜け爽快感と共に、細胞の奥底から滾々と力が湧き上がっていく感覚を覚えた。

 絶体絶命の窮地から救われたのだと自覚すれば、ある程度落ち着きも取り戻す。

 ようやくユイトの状況に意識を向ければ……目の前で、彼は上半身から熱気を噴き上げていた。あまりの高熱によるものか、纏っていた上着はちりちりと焦げはじめ、途中からはっきりと炎になって服が炎上している。


「あ、あんた……あんたば、ばか?! ばか?!」


 自分の身代わりになって彼が燃えているのだと知り、悲鳴を上げた。普段ならぺらぺらと回る流暢な悪口も相手を心の底から心配しすぎて子供の口喧嘩みたいな台詞しか沸いてこない、

 だがユイトはあまり気にした様子もなく笑った。


「大丈夫、こう見えて特別な訓練を受けてるから、さ。

 今は、まずこっちだ」


 そう言いながらユイトはカレンに背を向け――彼女を害そうとしたマンハンターたちから守るように立ちはだかった。



 カレンはふと、無視しえない疑問にぶつかった。

 自分を診察した医者のだれもが匙を投げた走火入魔の症状が沈静化している。友人を焼いた最悪の疾患が薄皮を剥いだようにぺろりと完治している。

 それに対して質問攻めにしたい気持ちと同時に……彼がどうやってここに来たのかという疑問にぶつかった。


(あたし……こっちに来るまでにトライクで全開近くかっ飛ばして来たわ。

 でもユイトの奴は……こっちに来るまでに何の車両も使ってない……? 車を使うならエンジン音ぐらい聞こえるのに、なんで?

 裸野郎じゃないの、お前……どうやってものの数分で……ここまで来たのよ?!)

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