第20話 ヘンタイ!!

 一年の時間は、短いように感じた。

 だが、たった一年で故郷のように思っていた風車村は大きく様変わりしてしまっている。

 ユイトの養父であるトバ=トールマンはお世辞にも良い父親ではなかった。どちらかというなら父のような情愛を注いでくれたのは村長だった。

 ……その村長がもういない。

 今やユイトの養父トバと同じく隣通りの墓で眠っているという。

 知らぬ間に大事な人を失ったのだという実感もわかぬまま、ユイトは墓参りを済ませると、さっき話した老人の家へと戻ってきた。

 ユイト自身に残されたものはそれほど多くはないが、困った時に助けてくれる人がいることは誇れることだ。

 老人がこの村の名産であるヤギ肉を焼いてくれると聞き、ユイトは民家に近づく。

 室外でバーベキューでもしているのだろう。白い煙と肉の焦げるにおい。やけに空腹を刺激される。

 だが、そこに老人とは別にもう一人いた。


「げっ。……なんで裸野郎ネイキッドが来んのぉ?」

「なんじゃ、お前さんら知り合いか?」


 老人と一緒に鉄板でヤギ肉を広げてほくほく顔でぱくついていたカレンは、ユイトに気づくとあからさまにしかめっ面を浮かべた。

 

「お知り合いだったのか、じい様」

「前、町の外で腰をやってもうた時に肩に担いでもらってな。ヤギを潰した時はこうして食卓に呼んでおる」


 そのまま追加の肉を投入しながら、老人は嘆かわしげにため息をこぼす。


「……それにしても。この村のために働いてくれとった若者が生きていてくれて。また顔を見せに来てくれたのに。

 他の連中、若いもんはろくに顔を出さん」

「仕方ないよ」


 小さく微笑むのみで、特に気にもしなかった。

 さて自分もお相伴にあずかろうとしたところで、ユイトが来て肉の取り分が減るとでも思ったのだろうか。カレンはだいたい焼けた肉を自分の取り皿にひょいひょいつまんでいく。

 

「育ち盛りか……」

「ああぁ?! 今なんつったテメェ!!」


 ……そう怒鳴ったところで隣のおじいさんの目を気にしてか、言葉を切り替える。

 だが、その時……ユイトの目の前で意外なことが起こる。子供扱いされたことが不本意の極みだったのか、立ち上がってユイトに詰め寄った際……その口内からわずかに火が漏れたのだ。


(走火入魔……?!)


 彼女自身、自分の肉体の変調に気づいたのだろう。ぎょっとしたように目を見開き、呼吸を繰り返して、不自然なまでににこやかな笑いを浮かべて椅子に腰かける。


「……もー、なにさ。さっきの死にたがりな雑魚雑魚お兄さん。あたしはおいしいご飯をお相伴にあずかりに来ただけだよ~?」

「ああ。いや……そう」

「そーそー」


 言いながらブルタブを開けてビールを飲み始めた。

 ……ビール? しかしよく見ればノンアルコール。果たして未成年はノンアルコール飲料を飲んでよかったっけ。法律ではどうなっていたのか? 

 このカレンという口の悪い彼女は果たして未成年なのか成人なのかどっちなんだろう?



 ユイトは七面倒臭くなったので考えるのをやめた。





「ご馳走様」


 会話が弾むのはユイトと老人のほうだったが、カレンはしばし黙ったまま肉と米をもりもりもりもりもりもりもり食べ終えて満足すると立ち上がる。

 その背を見送ると、ユイトもゆっくりと立ち上がった。


「ユイトや。彼女にはわしら全員が世話になっとる。良くしてやってくれ」

「ああ」


 ユイトはそのまま彼女に話しかけようと追うことにする。

 夕食も終わり、日も陰り。そろそろ遠くでモンスターの遠吠えと、村の周囲に配置された自動機銃ガンタレットが威嚇発砲を行う音がしてきた。

 あの銃声は、一年前に来た時自分が調整した奴だ。

 昔は整備こそしても、一度も実際に使うことなんてなかったのに。なんとなく暗然とした気持ちになったユイトは――ごり、と背中から心臓のあたりに向けて拳銃を押し当てるカレンに気づいた。


「なぁにお兄さん、こんな夜更けにあたしみたいなかわいい子に血迷ったのぉ? やだ、へんたぁ~い♡」


 けらけらと笑いながらも、行っているのは相手の生殺与奪を握る行為だ。

 拳銃……といってもハンターが持つにふさわしいサイズ。普通なら、発砲すればひとたまりもあるまい。ユイトは両手を上げた。


「……カレン=イスルギさん」

「なに? ロリコンの変態お兄さん。あたしみたいなのってグラマーなんでしょ? そういうイケナイ事しに来るのは分かるけど……殺すぞテメェ♡」


 返答はこっちをからかうようだが、油断はない。声も言葉も明るいが、殺意も本物だ。


「君。走火入魔だな?」

「……ヴァルキリーでもねぇのに詳しいね。……脳みその代わりに精液の詰まったサルでもなさそうか」


 どうやら話を聞く気になったらしい。カレンは腰のガンホルダーに拳銃をしまうと、近くの民家の壁に背を預けた。

 ユイトは言葉を続ける。


「……第一世代のヴァルキリー、いわゆる『オリジン』と呼ばれる人造人間から自然分娩で生まれた子孫が今のヴァルキリーだ。

 君は……時代からすると第四世代か?」

「……その言い方はやめて。確かにあたしのひぃおばあちゃんは普通の人じゃないかもだけど。ひぃおばあちゃんとひぃおじいちゃんが素敵な恋をしてその果てに生まれたのがあたしよ。まるで機械みたいな物言いはやめて」


 曽祖父と曾祖母のことを話す際、これまで嘲笑と敵意しか見せなかったカレンの目に浮かぶのは暖かく優しげな情愛のひかりだった。

 ユイトは頭を下げる。


「……そうだな。ごめんなさい」

「いいよ。続けて」

「……ヴァルキリーは生体強化学という《破局》以前の学問が応用されている。

『氣』というこれまでフィクションにしか存在しないと思われていた力を持っていて。ヴァルキリーは生まれながらチャクラサーキット……あるいは経脈と呼ばれる、西洋医学では存在しない機関が生まれつき開放されていると言われてる。換骨奪胎と呼ばれる戦闘体質だ」


 カレンは無言のまま。ユイトは言葉を続ける。


「君らヴァルキリーは先天的な戦闘適性を持った人類だが……その中には一部規格外もある。

 カレン、君は生まれながら経脈を流れる氣が強すぎるんだな?」

「……医者に説明された時、意味がわかんないまま聞き流した内容と一致するね。そんで?」

「走火入魔は、氣の激流が内部から体を傷つける暴走めいた作用だ。

 さっき感情の高ぶりで火を噴いたのは、経脈が七色の激情によって高まり口からあふれた症状だろう。

 ……危ういぞ、できるだけ早く医者に行ったほうがいい」


 ユイトの言葉に、はぁ、とカレンは大きなため息を吐いた。


「あたし借金持ちなの。できるわけねーッしょ」

「だが」

「あんたのいいたいことは分かるけどね。あたしも何度か医者に当たったけど、どこも打つ手無しよ。

 ヴァルキリーは《破局》以前のテクノロジーで生産されて、その『経脈』に関する修理方法も《破局》で失われたの。

 あんたの言う通り『感情の高ぶり』であたしの『氣』も暴走に近くなる。それが極まればあたしは肉体の内側から燃え上がり焼死する。……で? だからなに? あたしはどっちみち不治の病。医者にかかっても結局は時間と金の無駄。

 ……でも、ま。心配してくれてありがと」


 話は終わりだ、と言うように背を向け歩き出すカレン。 

 そんなカレンにユイトはさらに声をかけた。


「待ってくれ! ……診察時の医療データはあるか?!」

「は、はぁ?」


 意味が分からずしかめっ面で睨むカレン。……言うまでもなく医師による診察データはプライベートな情報の塊だ。

 素人が読み込んだところで何ら利益の得られる情報ではないし、見せても問題はないといえばないが……不快感は覚える。チッ、と吐き捨てると、ユイトを軽蔑の眼差しで睨む。


「……50万よ」

 

 これは守銭奴のふりをした明確な拒絶だった。

 この男が底抜けの善人だったとしても、身銭を切って医療データなど見るはずがない。あちこちをかけずりまわっても無駄だった症状を知ったところでなんになるのか……そう思ったカレンは、ユイトが携帯端末を操作する姿に唖然とした。


『入金を確認しました』

「は……?」


 意味が分からず懐の携帯端末で口座履歴を確認すれば……50万もの振り込みが行われていた。

 ユイトは携帯端末をぶらぶらさせながら言う。


「金を入れたぞ。データをくれ」

「……ば……馬鹿じゃねぇの?! ばっかじゃねぇの?! なんだよお前、なんだってのよ!」

「売値を君が提示して俺は支払った。商売の基本じゃないか」

「おかしいのはテメェの頭のほうよ! なんなの、いったいなんなの!? 言っとくけどまじめな医療データよ!! あたしのスリーサイズとかそういうもんは乗ってないのよ!!」


 あまりの事態に混乱したカレンは、ずかずかと踏み込んで彼の襟首をつかんで持ち上げる。

 だがユイトは冷静な眼差しで答えるのみ。


「データを」

「……気色悪い!」


 そのままユイトを片手で持ち上げてぶん投げ、吹っ飛んでいくのを見ると……カレンは不機嫌さを隠しもしない表情で携帯端末を操作し、数年前に受けた診察結果のデータをすべて送信する。こっちは値段を提示し、相手はそれを受けた。契約を重んじるハンターだからこそ、半ば冗談半分でも一度口にした約束事は無視できないのだ。

 ……別に見せても不都合があるデータではない。

 だがプライバシーに踏み込んでくる相手の思わぬ無遠慮さと、隙を見せてしまった自分への腹立ちで厳しい言葉を叩き付ける。

 

「もうあたしに近寄るんじゃないわよ!!」

 

 自分の診察データに値段をつけたのはカレン自身だ。だから値段通りの金を支払いデータの開示を求めたユイトは間違っていない。

 だがまさか身銭を50万きってまで見たがる酔狂者、あるいは変態などと思ってはおらず。裏切られたような失望のまま、カレンは足早に自分の宿へとさっさと戻ることにした。

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