「12」辿り着く
レストランの建物で客が行ける範囲というのは狭いものである。
今居るこのフロアか、もしくはトイレくらいだ。
娘が監禁されているとすれば、俺も入り込めないような場所だろう。厨房の奥か──或いは倉庫か、『STUFF ONLY』のプレートが掲げられている部屋か。もしくは、何処かに隠し部屋でもあるのだろうか。
俺も知らないような部屋がこの建物の何処かに隠されているかもしれない──。
ここを監禁場所に使っているのだ。当然、誘拐犯はこのレストランの関係者ということになる。
今日たまたま此処を訪れた来場客が、施設の部屋を自由に使えるわけがない。
この遊園地のキャスト──もしくは、それに関連した人物であることは間違いない。
──この中に誘拐犯が居るんだ。
俺は、ウエイターたちの顔を一瞥していった。
先程、俺をテーブル席まで案内してくれたのは黒髪ボブヘアーのお姉さん。空いたテーブルを拭いているのはスキンヘッドの店長。茶髪パーマの青年が他の客から注文を取って、厨房で鍋を振るう腹の出た中年コックに伝えている。
全員が疑わしく見えてしまい、俺は自然と目付きも鋭くなってしまったらしい。スキンヘッドの店長から警戒するような目を向けられ、俺は慌てて顔を伏せた。
「いかん、いかん……。冷静にならなきゃな……」
娘まであと一歩のところまで来たのだ。此処で全てを台無しにしたくない。
大きく深呼吸をしていると、店員のお姉さんが注文を取るためにメモを持ってやって来た。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
いつまでも俺が店員に声を掛ける気配がないので、向こうの方から催促にやって来たという訳だ。
無料で居座る場所を提供してくれるつもりはないらしい。
「アイスコーヒーを頼むよ」
俺はメニューも見ずに、適当に注文を口にした。
「畏まりました。少々お待ち下さい」
店員のお姉さんは手にしたメモに何かを書く様子もなく、俺に頭を下げて厨房に戻ろうとした。
「あ、あの……」
俺が呼び止めると、店員のお姉さんは足を止めて振り向いた。
「はい?」
「誰か、このお店の中で変わった人は居ませんか? 何時もと違う行動をしたり、不審な動きをしたりするような人は……」
「はい?」
店員のお姉さんは俺の質問に首を傾げた。見ず知らずの客からいきなりそんな質問を投げ掛けられれば変に思うことは当然だろう。
「あ、いえ! 何でもありません。すみません……」
店員のお姉さんの表情が曇ったので俺は慌てて首を振るった。なんとか弁解出来たようで、店員のお姉さんは不思議そうに首を傾げただけで仕事に戻って行った。
──やはり、変な印象を与えてしまったようだ。
店員のお姉さんは厨房に戻ると、こちらをチラチラ見ながらスキンヘッドの店長に何やらコソコソと耳打ちしていた。不審な人物が居るとでも、報告しているのだろう。
それでも俺は構わなかった。逆に誘拐犯を炙り出すことは出来ないだろうか。この状況で不審な動きがあれば──そいつが誘拐犯だ。
むしろ、俺からしてみれば誘拐犯に動いてもらった方が都合が良い。娘のところにまで案内させてやる。
俺は神経を研ぎ澄ませ、不審な動きをする者がいないか注意を払った。
「大丈夫だ……」
自分に言い聞かせるように俺は呟いた。
「俺には娘を助けた未来があるんだ」
成長した娘が生存して孫を抱く未来は確かに存在していた。
未来で娘は「お父さんが助け出してくれた」──そう言っていた。その言葉に嘘偽りがあるわけがない。
──大丈夫。
間違いなく、俺は娘の元へ辿り着ける。
そう心の中で何度も繰り返し、自分を奮い立たせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます