第11話 クシティガルバ
「マンタにとって、ママはどんな人なの?」
「ママは……いつもおきたときとオヤスミするとき、ギューってしてくれるの。オヤスミのときには、ダイスキっていってくれる。ニッキもボクといっしょにかいてるの」
マンタの顔には明るさが少しずつ戻ってきてくれている。
楽しかった、思い入れのある思い出というものは、頭に思い浮かべるだけでも、思い出すだけでも、幸せがこみ上げてくるものなんだろう。
「ママは、マンタのこと大好きなんじゃないか」
「うん……いまはわからないみたいだけど……あとはね、ボクはママのことをたべるんだよ。ウデとかアシとか、おちりのところのホクロとかも、やめてっていうけどすっごいわらってるんだよ」
マンタはお母さんとの思い出を嬉しそうにたくさん話してくれた。
他にも、ポークチャップのことや山を転ばずに登りきったこと、買い物でカゴを持ってあげてることなど、時系列は少しわかりにくいが思い出をたくさん話してくれた。
子供の話はなんともキテレツで面白い、言葉足らずのその話は、そんなことまで、そんなところとか気になってたんだと驚かされることが多い。親の表情を仕草を行動をとてもよく見ているんだ。
「ママはなんでいろいろと忘れちゃったのかわかる? その時どんな感じだったか……」
「ママは……ボクも……ボクはブロックであそんでて。それで、ママはおっきなこえだして、それで、ボクのうえにのってて、それで、それで、しらないヒトになってたんだよ」
大きな声で上に覆いかぶさる……マンタの上に何かが落ちそうで助けようとしたということだろうか?
その危険から庇おうとして、頭をぶつけたか何かしたのか、そんな必死にお母さんは自分のことを気にできないくらいに……
知らない人……子供からしたら、いつもの母親の表情が他人行儀になっていたとするのなら、その瞬間、それはきっと鮮明にはっきりと、マンタの心にはわかってしまった、映し出されてしまっていたんではないだろうか。
僕は、親は子供にとっては神様のようなものだと思っている。子供は神様にお願いすることはあまりない、でも親にはお願いを湯水の如くたくさんするだろう。親から離れていくまでは、大人になっていくまではその虚構は拭えないんだと思う。
そうなのだとしたら親から忘れられた子は誰にお願いすればいいのか、誰が救ってくれるのか……
「……そろそろおうちに行こうか、きっとママやパパも心配してるだろうし、探し回っているかもしれない」
「……うん、そう、わすれられてるかもだけど」
マンタは、まだ不安そうにしつつも、もう泣かずに前を見据えている。
この公園に入ってきた時の泣きじゃくった顔は、もうそこにはない。小一時間前の過去に置き去ってきている。この小一時間で彼は見違えるほど成長しているんだ。
僕だって、誰だって、どれだけ泣いてきたか分からない。そのほとんどは記憶に残るようなものでもないだろう。でもその涙の数は、成長につながっているはずだ。だからこそ今の自分に繋がっている、そう思いたい。
「今日は月曜だから、パパはいないのかな?」
「パパも、オヤスミはやくしたって、もうおうちいるよ」
お父さんも、お母さんのことを心配していて、もしかしたらマンタのことを気遣う余裕もなかったんだろう。
今は家族がぐちゃぐちゃになりそうで、きっと不安で心配で溢れかえっているのかもしれない。
「うん、マンタの元気な顔を見してあげないと。大丈夫、一緒に行こう、泣きたい時は僕の胸を貸してあげるよ?」
「ううん、リコねえちゃんのがいい!」
リコは、マンタに懐かれてるようだ。本当に胸の魔力というものは、時代も世代も年代もすっ飛ばしてくる、
こいつはホモサピエンス史上最強の虚構なのかもしれない。
「リコも大丈夫だよね? また行き当たりばったりの笑顔の旅になってしまっているけどさ」
「私も親子関係には色々あった……まだできることがあるなら、マンタ君と一緒に向き合っていけたらなって思う。でもそれはきっとアルトのおかげ……私はいろんなものを諦めてきた人間だから」
「僕は何もしてないよ。君がこの物語を始めたんだ。笑顔の物語を……決めたのは君さ」
リコは何を諦めてきたんだろう。僕だって、家族の話は捨ておけない。
リコもマンタも、2人には早く笑顔になってほしい。
物理的に笑えない人もなかにはいるのかもしれないが、少なくともリコやマンタはそういう理由で笑えていないわけではないだろう。
話を聞く限り、2人はかつては笑っていた。笑えてない理由は心情的なことなのかもしれない。
でも、笑い方は覚えている。遺伝子には笑い方が組み込まれているはずだ。目が見えない人だって、産まれたての赤ちゃんだって、素敵に笑うんだから。
◇
僕らは公園を出て、マンタと一緒にイノセ家へと向かう。
マンタは、小さいながら、道をきちんと覚えているようで、リコと手を繋ぎながら家まで案内してくれている。
きっと、この道はお母さんとそうやって手を繋ぎ、何度も何度も歩いた道なんだろう。
「ここのオジゾウサマのところをまがったらもうすぐだよ」
「あれ……こんなところにお地蔵様なんていたんだ」
マンタは、お地蔵様の前で手をパチパチと合わせている。
この動作もきっとお母さんといつもしているんだろう。
手を合わせることは、そこに信仰があるにしろないにしろ、それは僕らの自由であり、進歩であり、安心のための秩序だ。
神仏にお祈りを捧げるのは、ホモサピエンスの発明であり、それが僕らを僕らたらしめる所以なんだろう。
「この一番右のお地蔵様は、何も着てないんだね」
「うん、ずっとここにいるよ。いつもここアルクときはオジゾウサマにごあいさつしてるの」
「そっか、じゃあ、もしかしたらお地蔵様がマンタを見守ってくれてて、マンタの身代わりをしてくれてたのかもしれないね」
「……え? なんで?」
マンタは、ビックリしてるのか、マスクの上の大きな目をさらに広げて目一杯見開いている。
僕もお地蔵様に手を合わせ、お礼を伝えた。
信じることは悪いことばかりではない。ただ虚構には簡単には抗えないのも事実だ。それは自分の中だけの解決で済むことばかりじゃないからだろう。
三鹿野さんの結婚指輪の苦しみはまさにそうだったのだから。
「僕も詳しいわけではないけど、お地蔵様は子供を助けてくれるって聞いたことがあるんだ。三途の川付近なら尚更にね。親よりも早く亡くなる子供はそれだけでも罪だと昔は思われてて、だからお地蔵様が助けに来てくれるんだよ」
「オジゾウサマが……」
「お地蔵様が……お地蔵様に……信じ方、捉え方もいろんな形があるのね……」
リコも、目を瞑り手を合わせはじめる。
リコは、どこかからか自分の中に閉じこもろうとしてしまっているのかもしれない。この情報に溢れた世界で自分と向き合う時間はとても大切だ。
でも、それだけじゃきっとダメだと思う。自分以外を知ることによって自分の意志はきっと柔軟で強くなっていく。
そう、他者を知らなければ、自身を知ることもできない。目を背けちゃいけないんだ。
僕は僕を、どれほどきちんと見れているのか……
手を合わせながら、先を見ていくと、1番奥のお地蔵様だけ、お召し物がないようだ。
「あのお地蔵様は何も着ていないね。そのマント、お地蔵様にお礼にあげたらどうだろう? 少し破けてるけど、とても似合いそうじゃないか?」
「オジゾウサマもマントつけるの?」
「頭巾とかが多い気がするけど、今の子供達は頭巾よりはマントだろう。何が正しいとかは自分で決めればいい」
マンタは、ボタンを外しマントをとる。そして、お地蔵様にマントをぎゅっと強く結んであげた。
もう彼にはマントも妖精の粉も猫型ロボットも必要なさそうだ。きっとそれがいい。
赤いマントを纏うお地蔵様もなかなか格好がいいものだ。
マンタは最後にまたお地蔵様の前でパチパチと手を合わせた。
リコも、それを見ながら再びシャリンと鈴の音と共に手を合わせている。
「あそこのアパートだよ」
僕らは、マンタの家に着いた。
虚構によって揺さぶられる事実、虚構により救われる事実。虚構と虚構の間で揺れ動く事実の中で、偶然がスパイスのように僕ら3人のこれからを変えていくのかもしれない。
ただそれは行動した結果なのだろう。僕らは笑顔を求め彷徨い、マンタは塀の上に立った。お地蔵様が少年の危機を感じて引き合わせてくれた。
意味なんて後付けでいい、その方が都合がいいんだから、その先に笑顔があると信じて。
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